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「やばいやばい、早く帰らないとドラマ間に合わない!」
「終わった!行こ行こ!」

バタバタとフロアをでる同僚を視界の端で見送って、息を吐き出す。
彼女達が推しているアイドルと昔同じダンススクールにいたと言ったら、彼女達はどんな反応をするだろうか。

当時仲の良かった友達に誘われて入ったダンススクール。そこに彼はいた。
同じ時期に入ったはずなのに、圧倒的な才能と努力で気づけば彼はスクールの発表会でセンターに立っていた。俺はといえば可もなく不可もなくで、立ち位置は後ろの方。
誰が見たって差は明らかなのに、100人に聞いたら100人が彼の方が上手だと言うのに、彼は俺の踊りを「しなやかで綺麗だから好き」と真っ直ぐに俺の目を見て言うのだ。
だから、辞められなかった。気づけば彼と共に10年も踊っていた。それなりのルックスも幸いして、立ち位置も彼の隣になっていた。

それでも彼との差は明確だった。
どこまでも俺と共に羽ばたこうとする彼が嫌になって、彼の足枷になっている自分が嫌になって、俺はダンスをやめた。

思っていた以上にあっさりとした終わりだったと、自分でも思う。
そもそも敵ばかりだったから10年続けた割に別れを惜しむ仲間も少なかったし、隣にいた彼も去るもの追わずのスタンスだったから。

それ以来、かつての仲間とは会っていない。
時折1人で踊る事もあるが不完全燃焼感が否めず、ずっと自分の中で何かが燻っている。
それだけ、あの日々は俺にとって大切だった。

それだけ、あいつへの憧れは強烈だった。


「──。」


ため息に混ぜてあいつの名前を吐き出して、過去への想いを振り払う。
俺は文字が並ぶ画面へと向き直った。



(5 過ぎた日を想う)

10/6/2023, 2:49:17 PM