氷室凛

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 人生は積もっていくものだと考える。

 塵のように埃のように、些細な出来事を積み上げて積み上げて積み上げて、そうして高く築いていくものだと。

 だから俺は不安になる。

 上を見れば自分より遥か高みの光に目が刺される。
 横を見ればここから一歩早くあがるのは誰か、あるいは自分の塔を崩されないかと腹の中がキリキリする。
 じゃあ下を見たら安心するかと言うとそんなことはなく、あの最下層に転げ落ちて戻ってしまうんじゃないか、この高さから落ちたらダメージはどれくらいかなんて考えてクラクラする。

 ──。


 そんなことを話すとまたアイツはケラケラと笑って、

「実に菅原(かんばら)さんらしいですね。メンがヘラってる人の人生観って感じー。いやぁ、ウケるウケる」
「あーーうるせーー!! だから答えたくなかったんだよ!」
「いやいや、そんなことを散々言っておいてなんだかんだ結局最後には答えてくれる菅原さんのことが私は大好きですよ。『人生ってなんなんでしょうね』なんてひどく抽象的で曖昧で漠然とした質問に、一生懸命真面目に考えて答えてくれるあなたのことが大好きです。ホントもうチョー尊敬する」
「ぜってぇ尊敬してねぇだろ」
「いやマジで尊敬してますって。マジマジ」

 言えば言うほど嘘臭くなる言葉を連発しながら爆笑する。笑って、爆ぜて、言葉の意味なんて欠片もないくらいに粉々だ。

 絶対に尊敬してない「尊敬してる」も。
 いわゆるlikeでしかない「大好き」も。

 全部全部、アイツの言葉は爆ぜて砕けて、塵となって埃となって積もっていく。



 上を見ても横を見ても下を見ても不安になるなら、対処法はふたつだけだ。

 ひとつは目を閉じる。目を瞑って耳も塞いで、自分のことだけを考える。
 もうひとつは──まったく違うなにかを見る。例えば、眩しすぎず暗すぎない、夕闇を照らす焚き火のような。

 そして俺の場合──ときにその焚き火は、図々しくてかしましい、俺の家のことを無料ドリンクバーかなにかだと思っている慇懃無礼な女子高生の姿だったりする。



「菅原さん菅原さん。見てくださいこれ。え、わかりません?? 私のコップ空なんですけど。おかわりを所望します」
「オレンジジュースなら冷蔵庫でーす」
「やだーー動きたくないーー! おかわり〜〜!」

 根負けして冷蔵庫を開ける。アルコール缶にまぎれて常備するようになったオレンジジュース。
 それを取り出しながら考える。

 今日の出来事はどれくらいの高さだろうか。




出演:菅原ハヤテ(かんばら はやて)、仲芽依沙(なか めいさ)
20241014.NO.80.「高く高く」

10/14/2024, 2:29:31 PM