濃霧

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【水たまりに映る空】

放課後のグラウンドには、雨上がりの匂いがまだ漂っていた。

制服の裾を気にしながら、優は校舎裏の小道を歩いていた。昨日降った雨のせいで、舗装の悪い道にはいくつもの水たまりが残っていて、そこに映る空は、どこか絵の具で塗ったようにぼやけていた。

「…あれ?優?」

声に振り向くと、そこには茜が立っていた。短く切った髪が水をはじくように光っていて、彼女の制服の袖も少し濡れていた。

「どうしたの、こんなとこで」

「え、いや……。なんとなく」

気まずくなって、優は視線を落とした。足元の水たまりに映る自分の顔は、ひどく歪んでいた。

茜とは、つい先週まで毎日のように話していた。席が隣だったし、帰る方向も同じだったから。けれど、茜が隣のクラスの男子と付き合っているという噂が広まってから、優はなんとなく距離をとるようになっていた。

「ねえ、水たまりってさ、なんか不思議じゃない?」

「不思議?」

「ほら、空が映ってるのに、触ったらすぐ壊れちゃう。綺麗なのに、すごく壊れやすいっていうか……。ちょっと恋みたいじゃない?」

優は少しだけ笑った。
茜はたまに、唐突に詩人みたいなことを言う。

「……誰のこと、好きになったの?」

優が思わず聞いてしまったのは、たぶん、聞きたくなかったからだ。

茜は小さく息を吸って、優の顔をまっすぐ見た。

「優のこと、ずっと好きだったよ」

水たまりがきらりと揺れて、空の映像が壊れた。

「でも、優は何も言ってくれなかったから……あの人と付き合ってみた。でも、やっぱり違った」

優は、何か言おうと口を開いた。でも、言葉が出てこなかった。

茜はにっこり笑って、ポケットから飴玉を取り出して、優に渡した。

「また好きって言ってくれたら、考える。じゃあね」

彼女は軽やかに歩き出す。水たまりを避けながら、でも時々、あえて踏んでいるようにも見えた。

優は手のひらの飴を見つめる。

晴れた空が水たまりに映る頃、今度こそ、まっすぐに伝えようと思った。

6/5/2025, 12:08:11 PM