ある店の前でふと、足が止まる。
「あぁ……まただ。」
そこは昔付き合っていた元彼が好んでいた香水のお店。
別れたのはもう数年前だというのに、その香りを嗅ぐと未だに思い出して足を止めてしまうのだ。
付き合っていたのはたった数ヶ月。
新入社員として入った会社の直属の上司だった。
とても優しくて、でも時に厳しくて、憧れの人だった。
憧れから恋心に移るのはそう時間はかからず、気づけば私は彼に告白し、交際をスタートさせた。
最初の一ヶ月はとても楽しかった。
歳上でとても頼りになって、職場とプライベートでのギャップとか全てが愛おしかった。
デートも仕事も毎日がとても楽しくて、幸せな一ヶ月だった。
しかし、一ヶ月をすぎた頃、彼と時間が合わなくなった。
彼が大きなプロジェクトを任されてから、職場であまり話さなくなり、デートもキャンセルすることが増えた。
連絡もまめじゃないので、3日に1回「おはよう」と「おやすみ」 が送られてくる程度。
そんな連絡も来なくなってきたある日。
携帯がブルルと震えた。
久しぶりの彼からの連絡。
嬉しくて嬉しくて、急いで開いたトーク画面には、たった4文字のメッセージ。
『別れよう』
信じられなかった。
疑問とか悲しいとか色んな感情が巡っていって、嫌だと反抗しようとしたけれど、会社でギクシャクするのもな、と。
『わかった』
そんな簡単な言葉で終わらせるしか無かった。
別れて数日後に他部署の先輩と付き合ってるという噂を聞いた。あぁ、そういう事かってなんとなく腑に落ちた。
詰め寄る勇気も、反撃する力も残ってなくて。
ただ、その思い出を消すことに必死だった。
そんな日々から、もう数年も経っているはずなのに。
あの香水の匂いだけ忘れられない。
ある意味、彼に囚われ続けているのかもしれない。
私がこの匂いから開放されるのはいつなんだろう。
私は、その香水をとってレジへと向かった。
#香水
8/31/2023, 12:51:28 PM