再別康橋

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トマトの旅

倉敷駅前にあるホームセンターで生まれたぼくは、ある春の日、野菜を育てた経験のないこの家のご主人の、不慣れだけど優しい手によって土の中に植えられた。

まだ見たことのない世界にドキドキしながら、あたたかな土のぬくもりを感じていたぼくは、やがて小さな芽を出し、空を見上げる。
毎日、太陽が「おはよう」と笑いかけてくれて、雨はやさしく背中を押してくれた。

ぼくは茎をのばし、葉をひろげ、ぐんぐん大きくなっていった。
たくさんの葉っぱが春笋(しゅんじゅん/たけのこ)のように次々と伸びたとき、この家の奥さんが、ぼくをたくましく育てようと、脇芽を丁寧に摘んでくれた。

ある日、小さなつぼみがつき、やがて黄色い花が咲いた。
花の奥に、小さな緑の実が現れた。「そう、そう、それがぼく。」

まだお米の一粒のように小さくて頼りない体だったけれど、毎日少しずつ色づきながら、太陽の熱を全身で浴び、ゆっくりと赤く染まっていった。

ぼくは知っていた。

この家の元気な子どものために育てられていることを。
だから、風にも雨にも負けず、一生けんめい大きくなったんだ。

そして今日、いよいよ旅の終わりがやってきた。

ぼくは収穫され、お弁当の一角にそっと座った。
ふわふわの卵焼きやジューシーなお肉に囲まれて、ぼくはとても誇らしかった。

息子くんがこのお弁当を開けたとき、ぼくの中にぎゅっと詰まった太陽や雨の記憶が、きっと彼の力になる。

彼は、ぼくに向かって両手を合わせ、「いただきます」とお辞儀をしてから、クラスメイトと一緒にパクパクと食べてくれた。
その瞬間、ぼくの旅は終わり、そして彼の元気な一日を支える新しい力へと生まれ変わったんだ。

これが、ぼくの旅。
土からお弁当箱へ、ずっとそばで見守ってきたぼくは、最後に「栄養」というかたちで、人間の健康を守り続けていく。

6/25/2025, 5:31:41 AM