引き出しの奥に手をやると、指先に懐かしい感覚を覚えた。
腕をこちらに戻すと、手のひらにはうさぎのキャラクターがついたりぼん。
うっすら埃がついていて、手垢で黒くなっている。
よく見ると、うさぎの耳の端に小さな虫食いの痕が幾つもあった。
ああ、と深いため息が出た。
小学生の時に母から貰って、すごく気に入って毎日のようにつけていたっけ。
このりぼんのおかげで隣の席の子と話ができたこともあったな。
近所のおばちゃんも、このりぼん可愛いねえと褒めてくれて、私はいつも得意げになっていた。
でも、だんだんうさぎのりぼんをつけるのが恥ずかしくなってきて、ある日遂に引き出しの奥に入れたんだ。
ごめん、少し待っててねと言って。
少しのはずが、あっという間に20年以上経って。
隣の席の子は、頭のいい中学に行ってしまってそれっきり。
近所のおばちゃんは5年前に亡くなってしまった。
母は白髪がずいぶん増えた。
私は、私は―――
いかないで。
おいていかないで。
あなただけおとなになってずるい。
でもときはざんこくだから、
もうもどれないわね。
あなたもわたしも、
ずいぶんきたなくなってしまった。
わたしをすててもいいけど、
わたしのことわすれないでいてね。
ぜったいにわすれないでね。
#行かないで
10/24/2022, 3:56:12 PM