初めて貰った贈り物はぶかぶかの麦わら帽子だった。
今まで年に数回しか会わないどころか、まともに顔も合わせたことがなかった。物心着いた時には、父親とは仕事が忙しくて家に帰ることは無い存在だったのだ。
それが世間一般の父親像と違うとわかったのは小学生の時。みんなのお父さんは仕事が終わったら家に帰ってきて、今日楽しかったことや悲しかったことを聞いてくれるそうだ。
「どうして、私の父さんはおうちに帰ってこないの?」
そう母親に聞いたことが一度だけある。純然たる疑問だった。どうして私の家だけ違うんだろう?私は気が付かなかっただけで悪い子なのかな。だから、私のところには父さんは帰ってきてくれなくて、会ってくれないんだ。
その時の母親の顔が今でも忘れられない。いつも私の前では優しく笑っていたのに、泣きそうな顔をしていた。まるで涙が零れないようにぎゅっと眉を寄せてきつく結んで。それでも目は私を不安にさせまいと、笑おうとしていた。私はそれ以上何も言えなかった。
そんなことがあった直後だった。ぶかぶかの麦わら帽子が贈られてきたのは。ずうっと前からたくさん練習して、貼り付けたような笑顔と声で母親はこう言ったのだ。
「今は沖縄にいるんですって。貴方にきっと似合うだろうからって張り切って選んだそうよ。
…とてもよく似合っているわ」
だから私もにこっと笑って、ドラマの中の女の子みたいに明るく振舞って、感謝とともに母親に抱きついた。そうすればいつものお母さんに戻ってくれると信じて。
あの時貰った麦わら帽子がちょうどピッタリになるくらい、時間が経った。興信所から手紙も届いた。今日こそ、顔も声も知らないわたしの父親に会いに行くのだ。
8/11/2023, 12:21:50 PM