明日世界が終わったらどうする?
なにそれ?へんなのー。
それってさ、どの世界?うつしよ?とこよ?
やっぱり現世のことじゃない?
お仕事大変になるのはいやだよ。
たしかにー!
「…変わりないか」
声を掛ければ、目の前の座り込む人の子は緩々と顔をあげる。
「変わらないです。僕も、花曇も」
虚いだ瞳で、傍の楡の神樹に頬を寄せた。
壊れながらも待ち続ける事の出来る強さは、驚嘆に値するものだ。
そう思い子の頭を優しく撫でると、懐より取り出した真白の風車を差し出した。
「長さま、ありがとうございます」
どこか緩慢な動作で。
小さく笑んで風車を手に取ると、そのまま楡に突き刺した。
「…」
「やはり、気休めにしか成らぬか」
花木が水を吸い上げ花開くように、黒に染まりながら朽ちていく風車。
その様を見、子は何を想うているのか。
想いを乗せぬ凪いだ瞳は、ただ楡を見つめていた。
ふと、先刻の子らの話を思い出す。
この壊れた人の子は、どのような答えを返すだろうか。
「人の子よ。一つ尋ねたい事がある」
「何でしょう。長さま」
「明日世界が終わるならば、汝は何を想い願うのか」
虚な瞳がこちらを見上げ、ゆるりと瞬く。
「珍しいですね」
「戯れ言よ。屋敷の子らが話していたものでな」
子らを思い、くつりと喉がなる。
あれらは世界の終わりを、現世の終わりと認識した。
なれば、現世に生きた子はそれを何と認識するのか。
「申し訳ありません、長さま。その問いには答えられません」
「それは何故か」
また一つ瞬く虚。
されど、その虚な黄金は瞬く度にどこか輝きを増しているかのように。
強い意志を持って言葉を紡ぐ。
「僕の世界は終わっていますから」
そうして楡に触れるその手の優しさが、答えの全てだった。
「花曇は幸せ者よな。斯様に想い、待ち続ける者があるのだから」
「待つのは嫌いではありません。大丈夫ですよ」
「否。誇れ、人の子。そうして記憶し、待てる者は稀有な存在ぞ。我らのような悠久たるモノにとっては特に、な」
人はその儚さ故に、永きを待てず記憶を留める事も不得手だ。
それを可とし厭わぬとあらば、想われるモノにとってそれはどんなに幸福な事であるのか。
「よく、わかりません。けれど、花曇が喜んでくれるのならば嬉しいです」
「汝があるからこそ、花曇もまた在れるのであろうよ」
「そっか…あぁ、そうだ」
楡を見つめていたその瞳が、不意に何かを思い、瞬く。
「長さま。もしもの話ですが」
どこか遠くを想う子の、その表情は慈しみを抱き。
「もしも、世界が明日終わるのだとしても、僕は最後の時まで抗います。誰かに祈り願うよりも、微かな可能性を求めて足掻いていたい。明日のその先を諦めたくはない」
その声音は、どこまでも真っ直ぐな強さを纏っていた。
「また来よう」
暇を告げると、ゆるりと頷くその瞳は再び虚を宿している。
「楡が咲き実る時まで、何度でも」
その虚を覗き約束を告げれば、微かに表情が和らいだ。
「お待ちしています」
約束の応えに満足し、頭を少しばかり強く撫でると、子から離れ屋敷に向かい歩き出す。
とても、気分が良かった。
楡はまだ咲かない。
楡に内包された澱みは未だ、風車を朽ちさせる程に強く。
その強すぎる澱みが、楡を留めているからだ。
花が咲かねば、実は成らず。
実が成らねば、産まれるモノもない。
「さて、どれほどの時を要するやら」
とはいえど、今はとても気分が良い。
そも、約束が成されたのだから、何を思った所で詮無き事だ。
一つ頭を振り、意識を切り替えると。
屋敷へと駆け出した。
20240507 『明日世界が終わるなら』
5/7/2024, 2:03:32 PM