かたいなか

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「練り香水、部屋の香水、犬猫にモテる香水。
他には香水の付け方とか付ける場所の意味とか?」
よほど日常的に愛用してるヤツでもなけりゃ、香水、意外と余りがちになっちまう説。
某所在住物書きは「香水」をネット検索しながら、アロマオイルやルームフレグランスとしての香水活用術を見つけ、軽く興味を示した。
コットンやティッシュに吹き付けるだけでも、部屋に香る芳香剤には丁度良いという。そのコットン等々をオシャレに置ける場所を整えれば十分か。

「個人的に、『この店の「この香り」を、香水でもルームフレグランスでも良いから、持ち帰りたい』って、たまにあるわ。例として無印良◯とか」
あと内容物要らないから、香水の容器だけ欲しいとかな。物書きは付け足し、未知のサプリに行き着いた。
「……『食べる香水』と『飲む香水』?」

――――――

最近最近の都内某所、某アパート、昼。
かつて物書き乙女であったところの現社会人が、己の職場の先輩の実家より届いた昭和レトロの学生カバンを部屋の証明に当てて、目を輝かせている。

「おぉ。これが」
スマホを取り出し、即座に撮影。
「これが、実際に昔々使われてた、学生カバン」
素材はフェイクレザーとも、人工皮革とも。
ランドセルと布製ショルダーバッグしか通学ツールを知らぬ乙女は名前を後輩、もとい高葉井といい、
鍵付き学生カバンの開け方も知らぬ世代にはシックでシンプルで洗練されたフォルムが美しく見える。

なにより彼女のかつて愛していたキャラクター、
カップリングの2名、
彼等がゲーム内で使用しているビジネスバッグの元ネタがまさに「この時代のコレ」であると
原作者から情報提供があったのだ。
しかも「その次代のソレ」を己の先輩の故郷で激安販売している店があったと聞いてしまっては。
「ちょっとカビくさいのは仕方無いか」
気にしない、気にしない。
本来1〜2万円近辺の値段であっただろう正規品。
それを10分の1未満で3個も譲って頂いたのだ。

「ひとまず、匂いを、なんとかしたい」
さらり、さらり。ふわり、ふわり。
ウェットティッシュで学生カバンを入念に拭いて、
柔らかなタオルで水気と汚れを丁寧に除いて、
それを何度か繰り返して、繰り返して。
ひとつには推しカプの左側、2個目には推しカプの右側の、イメージフレグランスを吹きかけて拭き付けて、一度拭き清めて、再度香水を吹いて拭いて。

「んんん、なんか、しあわせ」
少しずつ、少しずつ。カバンに負担をかけぬように香水の成分を染み込ませていく。
今こうして香りを移す作業を丹念に繰り返しても、いずれ香水は効能を失っていくだろう。
それでも良いのだ。構わないのだ。
『今自分は、推しが持っているカバンのルーツを推しのオフィシャル概念香水で拭いている』
その労力の浪費のなんと至福で幸福なことか。

『先輩 先輩の母殿から、カバン無事届いたよ』
先程撮った昭和レトロの画像とともに、かつて物書き乙女であった後輩たる高葉井がメッセージを送る。
返信はすぐ送られてきた。
『店主が「年代物だから必ず拭き掃除してから使って欲しい」と言っていたそうだ。状態はどうだ?』
状態、じょーたい?
高葉井は部屋に咲く香水の香りで夢心地。
『ツー様とルー部長のカバン持ちになった心状態』

『つ?』
なんだそれ。後輩から送られてきた文字に先輩は今頃クエスチョンマークを量産中。
『母殿に、後輩がバチクソ感謝して崇拝して五体投地してたってお伝えしといて』
高葉井は夢心地を自己翻訳して、再送信。カバンに鼻を近づけて、深く息を吸い込む。
香水をまとった昭和レトロのカバンは過去と現代を混ぜ合わせたアロマで、彼女をつかの間のフィクションとファンタジーに誘った。

「保存用の2個の他に実用1個頼んでて良かった」
かつての物書き乙女は早速、学生カバンをショルダーバッグに改造すべく、さっそく馴染みのリメイク・アップサイクル屋に向かったとさ。

8/31/2024, 3:51:24 AM