あやや

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 大人になったら、何をねがうんだろう、と君がいう。
 もうねがうことなんてないぐらい、楽しいんじゃないか、と期待に胸をはせるボクはいう。
 そんなことないよ。キミは冷たく言い放つ。
 暑さが増す夏の夜。体は蒸されてじっとり汗をかいているのに、ボクの心はその一言で氷を当てられたようになった。
 そんなことないよ。だって、わたしのママはいつも変な男のヒトにありがとうございますっていっぱいあたまさげて、私を冷たい風呂に入れて変なはっぱを入れて、あなたは愛された子よって言うの。それで、おねがいします、おねがいしますって、いっぱい叫ぶの。紙が棒についたやつをバサバサふって、髪もバサバサになるまで、おねがいします!おねがいします!って。
 キミは色の悪いくちびるをかんで、冷たい言葉の後にそう続けた。
 フキンシンだっただろうか。フキンシンっていうのをこんなところに使うのかわから、ないけど、これはとてもフキンシンだったんじゃないかな。ボクはちょっと前の自分の言葉を反省して、でも反省してもどうすればいいかわからなくてキョロキョロ目だけ動かした。
 もうヤダなあ、とキミはいうのだけれど、ボクは全くイヤじゃない。ボクは、好きな女の子と2人きりで、七夕の日にお出かけして、その最後に暗くなった公園で2人で星を眺めているのだった。それはあまりにロマンチックで、ボクは全身の血がもえるような、それでいて逆に凍ったように落ち着いているような、変な感じを体験した。
 キミはカワイイ。ボクはキミみたいにカワイイ子に出会ったことがない。キミみたいなカワイイ子が、彦星と織姫みたいに運命っぽく、そして偶然っぽく生まれたのなら、ひとつ何かが違ったらキミはキミじゃなくなってしまうんじゃないかなと思う。だから、ボクは全くイヤじゃない。キミが不幸なのも、かわいそうなのも、ボクはそれがキミを作ったものというのなら、全くイヤじゃないのだ。
 でもボクは、それを言えなかった。頭の中ではずーっとそういうながーいキミへの想いが詰まってグルグルしているのだけど、そんな恥ずかしいことは口から出なかった。
 ダンマリのボクに我慢できなくなったキミは、ボクをじっと見た。なにかいうのを待っているキミの姿に、ボクは余計気まずくなって何も言えない。ボクらは数分そうして固まって、でも突然キミはボクの手を掴んだ。ボクはびっくりして、どうしたの、と聞いてしまった。キミはそんなボクを無視して————
——キスをした。
 ボクのファーストキスだった。キミにあげたいキスだった。キミにあげたキスになった。
 ボクはまたびっくりしてしまって、なんにも話せなかった。キミは顔を真っ赤にして、走っていってしまった。数分そうして固まってたボクは、自分をいくじなしだと思った。もっと、カッコよくすればよかったと。



 そうしてボクはとてもロマンチックな七夕を過ごして、学校でもポウっと毎日を過ごした。友達にはそれを笑われたり、つまんねーとぶうたれられたりした。それでもボクは浮き足立っていた。あの日以来、キミとは中々話せないけれど、廊下ですれ違うとキミははにかんで手をふってくれる。ボクはそれに毎回1秒ぐらい止まって、固まった表情で手をふり返したりした。
 だがボクは友達もいるので毎日どこかに遊びに行っていろんなことをしていた。キミと過ごした後でもそうだった。
 オレ今日塾!
 ガイショク?しに行くって。
 母ちゃんの店の手伝いする……。
 でも、今日はいつも仲のいいみんなが用事があって、ボクは1人で帰らないといけなくなった。
 仕方ないのでボクは、人が全くいない道を、トボトボ歩いた。ともだちがいないと、ボクは遊びに行くのもできないので、そうやってちみちみ歩くことしかできなかったのだ。
 そんなさびしい道の先に、ボクは人カゲがあるのを見た。珍しいな、ココ、誰も通らないのに。ボクは少し不思議に思ったけど、そのまますれ違おうとてくてく歩いた。だけど、その人に近づいてみると、その顔に見覚えがある。
 ‘’キミ”のお母さんだ。
 ボクは固まった。どうしてここにいるんだろう。キミはいつも早くに帰ってしまうから、お母さんはきっとキミといつも過ごしていると思ったのに。
 でも、ボクは固まるのも変だと気づいてしまって、キミとキスしてしまったので、バレるわけにはいかないとふつうっぽくその横を通ろうと、近づいた。
 ボクの身長だと、キミのお母さんの手が最初に見えた。その手はとても、ブルブル震えていた。そうしてなにやら変だぞ、一体なんなんだと気づいてボクは、お母さんの顔を見上げた。
 日の光が背中に当たって、そのせいで顔には光がさしてなかった。キミのお母さんの顔は黒く一部を塗りつぶされたようになって、表情がよくわからなかったけど、ボクははっきりわかることがあった。
……とても、怒っている!
 そして、キミのお母さんはブルブル震えていた手に持っていた包丁を力いっぱい振り上げて、固まっているボクのことをさした。
 さした。
 この!この!あの子を、あの子は大切な子なのよ!
 さされた。
 かみ様に あいされた子なの!
 グサグサさした。
 おまえみたいな!きたないこどもに!
 なんだか熱い。
 こ のごみ が しね し ね しね しね

 死ね!

 死ぬのかな、と呟いた。つぶやいたつもりだけどなにも声が出ていなかった。
 ボクが死んだら、キミはもっとカワイくなりますか。もしカワイくなるんなら、ボクは全くイヤじゃない。ボクはやっぱり全くイヤじゃない。
 

“七夕”

7/7/2023, 6:19:41 PM