青波零也

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 次に意識を取り戻した――と、アタシが認識したときには全てが終わっていたらしい。
 知らない天井、知らないベッド、視界のあちこちから顔を出す形容しがたいなんらか、でも今までよりずっとすっきりした頭。
 きっとアタシはとんでもないことをしでかした、そんな確信だけがはっきりある。でも詳しいところを確認しようにもアタシの頭と体は不自由すぎて、結局、そいつと顔を合わせるまではろくな話もできやしなかった。
 アタシが意識を取り戻してから初めて病室を訪れたそいつは、綺麗な黒髪を頭の後ろで結った美人さんで、でも美人特有のキツさはなくて、なんだろうな、愛嬌のある猫ちゃんみたいな顔で、アタシに話しかけてきたものだった。
「具合はどうですか?」
「まあ、ぼちぼち?」
「ならよかったです。嫌がるあなたを無理に家から引き離すことは難しかったので。手を取ってくださってよかった」
 どうも、そいつの話によると、そいつがアタシの家に訪れたときにはアタシはもう完全におかしくて、でも、他でもない「おかしくなったアタシ」の手を借りるためにアタシを訪ねてきたのだという。
「あなたには、ここではないどこかが見えている。そうですよね?」
 確信に満ちた言葉。それは多分、あの見るに堪えない惨状の部屋の中でもアタシに投げかけてくれた言葉だったに違いない。
 その時のアタシには、もう、現実とそれ以外の境目がすっかり見えなくなってて、まともな現実に戻るなんて考えることもできなくなってて、だけど――。
「私には、あなたの目と、それから、あなたの頭の中にある知識が必要なんです」
 アタシの狂気をこそ必要としてくれるそいつが現れたことで、アタシは頭をぶん殴られるような衝撃とともに、そいつの手を握ったのだった。
 結果として、アタシは、そいつに引き上げられて、今はかろうじて正気と狂気の狭間にいるわけだけど……。
「一つだけ、聞かせてくれないかしら」
「何ですか?」
 多分、既に何度も聞いたことだとは思うのだけど、なにしろ今のアタシは覚えてなかったから。
「あんた誰? お名前、教えてくれないかしら」
 そして、アタシから何度も同じことを聞かれてるであろうそいつは、嫌な顔一つせず、にこりと完璧な笑みを浮かべて。
「私は、」


20250219 「あなたは誰」

2/19/2025, 11:16:53 AM