廊下を歩いていると、前から彼女が歩いてくるのが見えた。
移動教室だろうか、彼女の手にはノートや筆記用具がある。
彼女とは放課後の屋上で話す関係だが、廊下ですれ違っても話すことはしない。
彼女もそうするので、お互い暗黙の了解みたいになっている。
どうしても何か言いたいときは──
彼女が横をすり抜けていく瞬間、何食わぬ顔で折りたたんだルーズリーフを寄越してきた。
俺も慣れたもので、何食わぬ顔でそれを受け取りズボンのポケットへ突っ込む。
すれ違いざまに物の受け渡しなんて、まるでスパイ映画みたいだ。
けれど、違うクラスの女子とつるんでるなんて知られたら同級生達がうるさい。
平穏な学校生活の為には必要な事だ。
彼女は、規則正しい足音をさせて遠ざかっていった。
俺も何食わぬ顔で廊下の突き当りを曲がる。
廊下を曲がった先で周囲に誰もいない事を確認してから、受け取ったルーズリーフを開く。
罫線に沿って、几帳面な彼女の字が並んでいる。
彼女の字はいつ見てもキレイだが──
「件のチケットについて」
必要最低限な言葉しか書かれていない。
もう少しなんかこう、俺としては欲しいのだが…。
こう、女子らしい愛嬌のあるなんかそれな感じの…。
そこまで思い至って、ふと気が付く。
でもこれこそが彼女なのだと。
いつも冷静で、他の女子とは異なる感性を持った彼女だ。仕方がない。
彼女の言う、件のチケットとは、クリスマスの時に変な配達員から受け取ったテーマパークのチケットの事だ。
そろそろ遊びに行こうと話をしていたので、その続きをしようという事だろう。
「了解」
静かに呟き、ルーズリーフを折りたたもうと紙を裏返した瞬間──
「楽しみにしてるから🐱」
彼女のキレイな文字の隣に、可愛い猫のイラストが添えられている。
暫く無言でそれを眺めていたが、次の瞬間ボッと顔が熱くなった。
ドキドキと胸が高鳴る。
震える手で、胸ポケットにルーズリーフ仕舞う。
ルーズリーフは仕舞われたというのに、先程の「楽しみにしてる」という文字が脳内で踊っている。
やばい、普通に嬉しくて浮かれそうなんだが?
いやいや真面目に…と思っても口元が緩んでしまう。
今日の放課後、彼女と会うのがこれほど楽しみだなんて、初めてだ。
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すれ違い
すれ違いざまに物を渡すシチュエーションというのは惹かれるものがある。
気心の知れた人としか出来ない、或いはその道の人しか出来ないことだからだ。
今回は、珍しく「俺」が彼女からの手紙で動揺している。
本当は、「貴方と楽しみたい」とか「その件についていっぱい話しましょう」とか色々な言葉を考えたが、
シンプルに「楽しみにしている」という言葉に思いを託した。
浮かれて喜ぶ姿を想像していただければ幸いである。
10/19/2024, 2:33:38 PM