長月より

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 あいつは必ず、俺に向かって「背中に触れてくれ」という。
 そう言われて背中に触れる。服越しから手を当てているのに、骨の形がはっきりと伝わってくる。その骨も折れそうなほど細い。体温も低い。いつ死んでしまってもおかしくない、枯れ木のような頼りない背中。

 その背中に触れるたび、いつも「明日死ぬかもな」と想像してしまう。明日にはもう触れることができないかも思ってしまう。気分が悪い。

 そもそも人の手が触れること自体、今のあいつには堪えるはずなんだ。死にゆく人間は生きている人間の刺激に弱い。耐えられない。本当は声を聞くのも、衣服に触れられるのも辛い。誰かが自分の背中に触れるだなんてまっぴらごめんだ。あついし、骨が立って痛む。いつだったかあいつがそう言っていた。

 それなのに、あいつは俺に触れるようにとせがむ。背中に手を置いて欲しいという。

「君が自分の背中に触れてきた時、じんわりと触れてもらったところから、あたたかくなるのが好きだ。自分の身を案じてそっと大事に触れてくるところが好きだ。それだけで、自分は生きていてよかったと思えるよ」

 あいつの肩から力が抜ける。ふっと、どこかへ消えていくような力ない後ろ姿が見えた。

「たとえ、これが生きるためには間違いであったとしても、明日死んでしまったとしても、それでいい。それがいいんだ」

 あいつは勝手なやつだと思う。
 抱きとめられず、添えるしかできない、それ以上はいけないと思っている俺の気持ちなんかちっとも知らないで、この世の誰よりも幸せなんだとあいつは小さく笑うのだから。

4/23/2023, 12:23:35 AM