我妻和泉

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「ねぇ、ここの縦の10って何?」
 僕らの静寂をやぶったのは彼女の問いだった。どうやら新聞についてくるクロスワードを解いていたらしい。週末恒例行事だ。
「どういう問題なの?」
「"寂しい"の対義語だって。はい、雑誌を閉じる」
 雑誌を読むことを強制的にやめさせられた。いかなる手段のカンニングも許さない。
 そんな真面目さを彼女は持っている。
「"たのしい"じゃないの?」
「違う」
 彼女がいるソファの横に座るやいなや即答された。
「"に"から始まるの」
 彼女の左手にある日曜版の新聞を覗き込む。新聞は片手で持ちやすいよう、縦に二回たたまれた形になっていた。
「その"に"が間違ってるんじゃない?」
「海にいます。イガイガしてます。だって」
「"うに"だね」
「"うに"でしょ」
 縦の10の始めの言葉は"に"で決まっていた。彼女の右耳にはクロスワード専用のボールペン。悩む姿は競馬場で予想をしているおじさんのようだ。
 そんなオチャメさも彼女は持っている。
「だったら"にこやか"かなぁ」
「それは違うでしょ」
 今回は根拠もなく否定された。
「わからないから調べてみよう」
 僕には雑誌を閉じさせたのに、自らスマホを取り出した。ルールを簡単に変えていく。
 そんなおおらかさを彼女は持ち合わせている。
「"にぎやか"だって……納得いかない」
「へぇ、''寂しい"の反対は"賑やか"なんだね」
「いま私たち賑やか?」
「賑やかというには落ち着いてるよね」
「寂しい?」
「寂しくない」
「納得いかない」
 自分の考えにそぐわないことを否定する。
 そんな頑固さを彼女は持っている。
 そんな彼女といる生活は賑やかではないけれど"寂しく"はない。

12/20/2023, 10:03:00 AM