『終わりにしよう』
余命幾許もないパートナーに旅行に行きたいとせがまれて付き添うこととなった。体調に不安があったけれど、このところは調子が良いからと無理を通す形で海外のとある国へとたどり着いた。その矢先。
「実は言ってないことがたくさんあるんだけど」
そう言って彼は話を切り出した。
入院していた病院は国を発つ前に無理矢理に退院を済ませてきたこと。ふたりで暮らしていた部屋の自分の持ち物や資産の身辺整理をしてきたこと。国に戻るつもりがもう無いこと。このところ調子が良いと言っていたのは全くの嘘であること。
「この国へは思い出づくりの旅行じゃなくて、死なせてもらうために来たんだ」
自分たちのいる国では安楽死は認められていないが、この国では認められている。そう思い当たった瞬間に何か言おうとしたけれど、脂汗を垂らす彼を見て何も言えなくなってしまった。
「黙っててごめん」
「……せめて、相談のひとつでもしてほしかったよ」
「ごめん。でも、もう手配も済んで僕が行くだけになってる」
「俺は、君のこと最期まで看取ると決めてたのに」
「ごめん。君の手を煩わせたくなかった」
最後の最後に不満と遣る瀬無さをぶつけて寂しくなるだけにしかならないのだろうか。そう思いながらこの現状を変えられないかと言葉を並べるけれど、彼は何を言っても謝るばかりだった。
言葉が途切れ、ふたりとも何も言わない時間が長いとも短いとも思える程に過ぎてから彼が口を開いた。
「ほんとうは、病気が見つかったときから終わりにしようって言おうと思ってた」
顔色の悪い彼の目に涙が光っていた。
「けど、思ってるうちに時が過ぎて飛行機に乗る日が来て、ここまで君を付き合わせてしまった」
ふらつき始めた彼にとっさに肩を貸す。重いとも思えない身体の重みが悲しかった。
「死ぬよりも君と別れることがとてもつらくて、言い出せなかった。わがままで頑固でごめんなさい」
勝手なことばかり言う彼のことを放ってはおけず腕の中に収める。涙の匂いに塗れ、ごめんなさいとばかり繰り返す彼のことが可哀想で愛おしかった。
7/16/2024, 4:17:06 AM