「これまでずっと、自分の素を出せなかった」
私は常に自分ではなく他の誰かだった。
身の上を隠して生きる上では必須で、何十人と別の誰かを演じていた。
もう演じなくても、偽らなくてもいい。
俺の前ではずっと本当の自分でいてくれ。
幾ら愛するキミにそんなこと言われても、いきなりは難しい。そんなに強く抱きしめられても、私には簡単なことにならないよ…。
*(続き)
「…返事は?」
「返事?」
10分ぐらい経ったぐらいで無言が耐えられなくなったのか、彼が口を開いた。意図がわからず聞き返すと、彼は視線をさ迷わせ、頬も耳も赤く染まっている。
なにか重要なことを言われたのか、思考を巡らせるが分からない。キミの言葉はいつも遠回しで、私には気づけない。近くでイチャイチャしているカップルがいる。ああ、彼らの真似事をしたら分かるのかな。
「ガノ、あれ」
「おい、その名で呼ぶな…」
「狼龍」
お説教が始まる前に偽名を呼んで黙らせ、近くのカップルを指さす。
「あれやろう」
「は?お前バカか?…もういいから、帰るぞ。潮風に当たりすぎたな」
さっきまでの表情はなんだったのか。私の手を引く彼は普通の表情に戻っていた。
人間に近いキミの感情も難しい。
*
〈解説〉
神族である2人が人間に紛れて現代社会で過ごす様子を書いた創作小説。
・ガノーロルン(ガノ)偽名:駕野狼龍
見た目は20代後半のゲルマン系の男性、本来は狼のような姿をしている。時に冷徹と言われるほど冷静で優しく強い。日本の警察官として働いている。
・キテカゥス(キティア)偽名:ティアラ・キーストン
見た目は20代前半のギリシャ系の女性、本来は猫のような姿をしている。超マイペースでつかみどころがない。日本やアメリカでモデル兼IT企業の社長として働いている。
7/12/2022, 4:51:53 PM