貝殻
鎌倉の由比ヶ浜で見つけた桜貝の貝殻。淡いピンク色のその貝殻は、私達夫婦にとって素敵な思い出である。
10年前、付き合っていた私達はお互いに結婚を意識し始めていた。しかし、小さな町工場で働く彼はお金もなく、デートはいつもこの由比ヶ浜。私が握ったおにぎりと、ポットにいれたお茶を飲みながら、いろいろなことを話した。
「ごめんな、どこにも連れて行ってあげられなくて、でも、社長、優しい人でいい人なんだ。作っている物には自信があるんだけど、人が良いから、あっちの言い値で請け負っちゃうんだよなぁ。だからいつも儲からない。だけど、ああいう職人堅気な人好きなんだよなぁ」
私はあなたも充分優しい人よって思っていた。
そんなある日、突然プロポーズを受けた。
「うちの工場で何年も前から製造、実験していた物がやっと特許を取ることができた。銀行もこれには期待していて、お金も貸してくれるみたいなんだ。そしたら社長がお前、結婚しろって。これが売れなくてもお前だけは守ってやるから彼女と結婚しろって、、。
今は指輪も買ってやれないけど、ユキ、俺と結婚してくれるか?」
私は泣きながら頷く。
そして、私の左手をそっととって、淡いピンクの桜貝を指に乗せてくれた。
あれから10年。特許を取った製品が見事に当たり、工場も大きくなった。
春に産まれた女の子の名前は「さくら」。
あの時もらった桜貝は大切に取ってある。
私達の淡いピンクの思い出である。
9/6/2023, 12:36:35 AM