『飛べない翼』
何年も前の記憶。
ふと視線を落とすと、怪我を負って、今にも死にそうな鳥がいた。
「かわいそうに...」
そう呟く俺に、父さんは投げかけてきた。
「下界を眺める神と、下から羨む人間。酷なのはどっちだと思う?」
そんな非日常じみた質問に困惑しつつ答えた。
「そんなの人間に決まってる。」
決めつけるように言った。何を言っているんだ。だってそうだろう。神は人間を見渡す。下から見上げる俺達人類は、神のもとへたどり着くことは出来ない。何も出来やしない。そういうものじゃないか。
「ほんとにそうか?」
「どういう意味?」
少しムキになって聞き返す。
「本当に自由になったとき、その先に見えるものって何だ?喜びか?希望か?...いいや違う。その先に見えるのは暗闇と絶望。何にも束縛されないなんてことは、単なる虚無でしかねぇだろ?だから、それを悟る神のほうがある意味酷だろうな。...それなのに、人は自由を求める。貪欲に、ただ上だけを見続ける。」
「どうして...?」
「それが『希望』ってものだからだ。飛べない翼が。目標とか、願望なんてものが小さく灯っている。それだけで、上を見る力になるってものさ。」
「...」
「だからお前には知っておいてほしいんだ。飛べない翼ほど、羽ばたく力を持っているものはないってことを。」
忘れもしないあの日。俺の中の何かが変わった気がした。
11/12/2023, 3:40:17 AM