今日はあの人の帰りが遅かった。
何かあったのかと心配しながら暫く玄関を眺めているとドアノブの鍵が回り、古いアパート特有の重い音を鳴らしながらドアが開く。
「お帰りなさい!」
いつもの何倍か程大きな声で出迎えると、お揃いのマフラーを纏った彼は目を細め口角を上げた。
「ただいま、遅くなってごめん。」
手先が赤く冷たくなった彼の手を握った。
「寒かったでしょう、夜ご飯出来てますよ。」
「ありがとう、でもちょっと待って。」
という彼に顔を向け、彼は手に下げていたビニール袋の中身を見せてくれた。
「これ、職場の人からもらったんだよ。」
笑顔で何やら丸いものを差し出す。
これは見たことがないけれど確か誕生日の時に出てきたケーキについてたロウソク、というものに似ていた。
「なんですか、これ」
「これはね、キャンドルといってここに火をつけて使うんだよ。」
「ロウソク、と何が違うんですか。」
「うーん、それは目的、かな。ご飯を食べたらやろっか。」
俺はよく訳が分からなかったけど彼が持ってくるからきっといいものに違いない。
そのあと俺が作ったシチューを食べながら前より上手くなってると褒められてすごく嬉しかった。
キャンドル、というものをこれから使うらしい。
彼は電気を消して、こういうのは雰囲気が大事だからと言ってわざわざマッチでキャンドルに火を灯した。
その瞬間、キャンドルに釘付けになってしまった。
少し揺れる赤々とした炎、少しづつ溶けていく蝋。それはとても美しかった。
「たくさんあればもっと綺麗なんだけどね。」
と申し訳なさそうに言う彼の顔はオレンジ色にほんのり照らされていて、夕日を見た時のような懐かしさを感じた。真新しい感情に戸惑い少し寂しさを感じたが、彼と見たキャンドルはすごく綺麗で記憶にしっかりと記録された。
11/19/2022, 10:24:06 AM