たぬたぬちゃがま

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高貴な女がいい。
俺の身分に見合わないと困る。
賢い女がいい。
唄を読めない女は論外だ。
泣かない女がいい。
要点もまとめずめそめそと鬱陶しい。
見目が良い女がいい。
醜いものより、美しいものが好きだ。
それから———

ぱちり、と目を開けた。ずいぶん懐かしい夢だ。
妻と出会う前の、まだ青臭かった頃。天狗になるとはまさにああいうことを言うのだろう。
「あら、起きられましたね」
妻の指が俺の髪をとかす。妻の膝を枕にしていたら、うとうととしてしまったようだ。
「お前は、高貴で、賢くて、泣かず、誰よりも美しい女だ」
「起き抜けになにをおっしゃってるんですか」
ぺちり、とでこを叩かれる。膝から落とされないので、本気ではない。
「俺が惚れた、いい女が目の前にいると言う話をした」
「…………」
黙ってしまったが、これは照れている。長く夫婦をやっているとわかるものだ。
「理想どおりだ」
俺がにっかり笑うと、妻が立ち上がる。急に立つもんだから床板にごつんと頭がぶつかり星が目の前を散った。
文句を言うより先に、妻が口を開く。
「理想と思っているのはあなただけではありません」
がばり、と抱きついてきたのを支えようとしてもう一度頭をぶつけた。
痛みよりも、ぎゅっとしがみつく手と、髪の間から見える真っ赤な耳が彼女の言いたいことを表していて、口からこぼれそうな歓喜の声を抑えるのに必死だった。


———それから、自分を好いてほしい。

あの頃の自分が今の自分を見たら、あんぐりと口が開いて閉じないんだろうな。



【理想のあなた】

5/21/2026, 8:43:52 AM