人肉

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伊達くんは自分の傘を持っていない。

では普段使用している傘はといえば、レンタル傘なるものらしい。
自転車みたいに、駅やコンビニなど決められた場所に設置されているレンタル傘は、登録者のみ使用できるシステムだ。
ミニマリストの伊達くんは、物を増やさないためにこのようなサービスをいくつか利用していて、傘もその一つというわけだ。

ただ、残念ながら僕たちの通う大学には設置されていないので、今日のような突発的な雨には成すすべがない。
「よかったら駅まで一緒に入ってく?」
講義が終わって濡れて帰ろうとした伊達くんに、僕は声をかけ、共に駅へ向かう。

伊達くんの肩が濡れないように気をつける。
彼の家に薬があるか怪しいので、風邪を引かせないようにしないと。

そんなことを思いながら世間話をしつつ歩いていると、伊達くんが急に驚いた声をあげた。
どうやら傘の柄に付いている玩具のナメクジに驚いたらしい。
忘れていたけどそういえば盗難防止で付けたままだった。思わぬ所で悪戯が成功した気がして、僕はにんまりする。
珍しく伊達くんも興味津々で、僕はこのナメクジのエピソードをいくつか話した。

それにしても伊達くんが物に興味を示すなんて非常に稀なことだ。

「欲しかったらあげようか?」

きっと断られると思いながらもそう言うと、なんと伊達くん、嬉しそうに頷くではないか。
あの、伊達くんが、日頃から物が増えることを非常に恐れている伊達くんが。
まさか本当に欲しがるとは思わなかった。

唖然としたまま僕がナメクジを渡すと、伊達くんからは傘を買おうかな、なんて発言まで飛び出して余計に驚く。

そういえば僕は前に、伊達くんに何か贈り物をしたいと思っていたのだっけ。
それがまさかナメクジの玩具とは。

嬉しそうな伊達くんを横目に、伊達くんと一つの傘に入るのはこれっきりなのかな、なんて思いながら僕らは駅に向かった。



『相合傘』


6/19/2024, 2:27:12 PM