仕事の合間をぬって、ボロボロになった車を彼女の職場に運ぶ。折角なら会いたいと思っていたのだけれど、彼女は出張修理に出掛けていて会えなかった。
「ごめんなぁ、さっき行ったばかりやねん」
社長さんが、そう言いながら俺の愛車を修理してくれる。視線をこちらに向けず、パパッと作業する姿は感嘆してしまう。
俺の恋人も手際良くなったと思っていたけれど、社長さんは比にならない。恋人が尊敬する女性なわけだ。
「さすが社長、お早いですね」
「任せときー!」
さすが、この都市で敏腕女社長と有名になった人だけある。
しばらくして、修理が終わると病院へ戻ると先輩から驚かれた。
「あれ? 彼女と一緒じゃなかったのか?」
「何言っているんですか? 俺、今まで修理に行っていたんですよ」
先輩は口元に手をやり、少し考えながら受付を指さした。
「少し前、怪我して来ていたからてっきり……」
「え!? 来てたんですか!?」
「ああ、だから……」
「なんですか?」
「彼女、少し寂しそうだったから」
「!?」
俺だって会えないのは寂しいよー!!!
口にこそ出さないけれど、俺は心で盛大に叫んでいた。
「はあ……今日はすれ違ってばっかり……」
思わずため息をついて肩を落とすと、先輩が笑いながら背中を叩いた。
「家に帰ったら会えるんだから、もう少し頑張れ!」
「それはそうなんですけれど、会えるなら会いたいじゃないですかー」
このすれ違いの多さに、神様がいじわるをしているように思って、俺は唇を尖らせる。
「全く。会いに行く前に一言メッセージを送ればいいだけだろ」
それは思わないでもない。
でもそれは彼女に面倒をかけてしまいそうで、申し訳なかった。恐らく彼女も同じ思いだからメッセージをしないのだろう。
彼女は自分より仕事を優先にして欲しい。患者を優先して欲しい。そう言える人だから尚更。
そんなふうに考えていると、後輩が俺を呼んでいる。何事かと思って足早に向かうと、俺の好きな飴ふたつと畳まれたノートの切れ端を渡してきた。
「なにこれ」
「見れば分かりますよ」
それぞれを受け取って、畳まれたノートを開く。
『お仕事、気をつけて頑張ってくださいね』
見慣れた字が、そこにはあった。最後まで見ると彼女のトレードマークになっているパンダの似顔絵。
すれ違っても、気持ちはそばに居るんだなと、心が暖かくなる。
俺はすぐにスマホを取り出して、メッセージを送った。
『すれ違ったんだね。飴、ありがとう。君も無理しないでね。大好きだよ』
会えなかった寂しさを、〝好き〟という言葉で埋められたらいいなと願った。すると彼女からすぐに返信が来た。
『会社に来てくれていたんですね。ごめんなさい。私も大好きです』
頬が緩むのを止められない。単純だけれど、こんな言葉で寂しさが簡単に吹っ飛んだ。
「よーし、バリバリ仕事するぞー!!」
おわり
一五六、すれ違い
10/19/2024, 2:03:49 PM