約束だよ、小指絡めたあの日が
世界でいちばん幸せだった。
チューブに絡みつかれ、もはや病室のベッドの一部になっている君を見て、ふとそんなことに気づいた。
君の小指を、あの日のように絡めることは、もう叶わない。
無機物のように呼吸する、君の寝顔を眺めた。
こうならないように、君は私の家から出ていったのではないのか。
話が違うのではないか。
そう問いかけてみても、君はもう答えられないのだろう。
君が出ていったのは、空気の綺麗な場所で療養するためだった。
君はアレルギーが多くて、花粉症の類に散々悩まされてきたから、謎の有害物質がどこからか見つかり、徐々に汚染が進み始めている、この大都市を離れていかなければならないことは、よく分かった。
だから、私も君を送り出した。
もう少ししたら、私も君の元へ行くよ。この仕事が落ち着いたら、すぐに。
そんな話をして、そしたら君は笑って
「約束だよ」
私たちが約束をする時は、必ず小指を絡めて、ゆびきりげんまんをする。
初めて出会った小学生の頃からの取り決めだったから、私とあなたは、あの日も、例に漏れず、どちらからともなく小指を絡めた。
あの日が最後だった。
次に君と出会った時には、君はもう無機物の一部になってしまっていた。
植物状態。生命維持装置。脳死。
そんなフィクションの世界でしか聞いたことのないものを現実に突きつけられて。
君がどうしてこうなってしまったのかも、未だに分かっていない。
約束が破られたまま、私に突きつけられた現実は、受け入れ難い。
悪夢のようで、夢であってほしかった。
しかし、現実は今日も私の目の前に横たわっている。
無機物の君が、私に鋭い現実を突きつける。
君は返事をしない。
私を慰め、励ましてくれる君は、もう病室の景色の一部分となって、沈黙を守っている。
約束だよ、小指を絡めたあの日が
世界でいちばん幸せだった。
6/3/2025, 10:49:34 PM