色のついた透明

Open App

何をもってしてハッピーエンドとするのか、それはきっと人によってそれぞれ違うのだろうと思う。
または、起き得る全ての出来事一つ一つによって。
さらにその答えは一つ限りではない。

私にとってあの出来事は、今思えばハッピーエンドだったのだと思う。互いにとってそうであったのなら、とは、ただ願うばかりであるけれど。
もちろん当時の私にとってはバッドエンドである。

時が経ち、渦中から一歩二歩離れることができたなら、外から見たその渦の景色はいくらか違うものに見えるのである。
それは己の未熟さであったり、物事には然るべき時があるのだということであったり、何よりも、そこには確かな幸せが存在していたということが。

それはそうと、側から見るとバッドエンドでも、当事者にとってはハッピーエンドであるような物語には、メリーバッドエンドという名が付くと言う。
当の本人が幸せならばハッピーエンドと呼んだら良いじゃないかとも思うのだけれども、まあそんな単純なものではないらしい。

さて。
では私の物語にはなんと名前を付けようか。
今の心境からすれば明らかにバッドエンドではない。
メリーバッドエンドと呼ぶほどのものでもない。

ではやはり。
私の中だけでそっと、ハッピーエンドの物語として語り継いでいくとしよう。

3/30/2026, 7:11:25 AM