震える体を温めるように、腕を伸ばした。小さな背を包み込む。とくとくと聞こえる鼓動に柔らかな熱を感じ、笑みが浮かぶ。
まるで踊っているようだ。とくとく、とくとくと規則正しいその音を聞きながら、楽しげにステップを踏む姿を思い浮かべる。ふふ、と思わず漏れた声に、腕の中の温もりが小さく身じろいだ。
腕を伝う手の冷たさに、肩が跳ねる。腕から手首を辿り、そのまま手を繋がれた。
「冷たい」
囁きが、空気に溶けていく。手を包まれ、軽く擦られる。
「冷たいね」
「そっちこそ、冷たいよ」
冷たいけれど、暖かい。凍える指先が触れ合えば、そこから熱がじわりと広がっていく。
愛しいその熱に目を細め、ほぅと吐息を溢した。
「帰ろうか」
「もう少し、遊ぼうよ」
くすくすと、笑う声。甘えるその響きに、仕方がないと同じように微笑んだ。
「何して遊ぶ?」
問いかければ、煌めく目がふんわりと笑みを形どる。まるで宝石のように、その煌めきが増していく。
手を引かれ、促されるままに立ち上がった。そのまま外へと歩いていく。
「今度は外で遊ぼう?雪が降って、真っ白で、とっても綺麗なんだ!」
戸を開ければ、外は一面雪景色。
恐る恐る踏み出した足が、雪に跡を残していく。ぎゅっと、踏みしめる音が楽しくて、気づけば辺りを駆け回っていた。
「こっち!」
「待ってよ」
声を上げて、笑いながら雪を堪能する。時折雪を投げ合い、それもまた楽しくて夢中になってはしゃぎ回る。
温め合っていた熱がなくなり冷たさを感じられるようになった頃、ようやく遊ぶのを止めて雪の上に寝ころんだ。
どちらからともなく手を繋ぐ。お互いに冷え切った指先は、繋いでいるだけでは温まらない。
「帰ろうか」
「もう少し」
問いかける言葉に、けれども首を振られる。
そっと視線を向ける。先程まで煌めいていた瞳はどこか陰り、帰り道を見つめていた。
来ない迎えを待っている。冷えた指先を温め、優しく包み込んでくれる温もりを待ち続けている。
そっと視線を逸らし、目を伏せた。
何度伝えても伝わらない。耳を塞ぎ、目を閉じて、空っぽの部屋に帰るのを拒んでいる。
このままではいられない。けれどどうすればいいのか分からない。
唇を噛み締め、繋いだ手を強く握った。
不意に、遠くから誰かを呼ぶ声が聞こえた。
「呼んでるね」
「誰かを探しているのかな」
顔を見合わせ、目を瞬く。体を起こし、声が聞こえる方へと視線を向けた。
「あ……」
厚手のコートを着込み、手袋をマフラーを身に着けた小柄な影が近づいてくる。見慣れたその人影に息を呑んだ。
迎えに来るはずがない。彼女は寒いのがとても苦手で、最近はずっと部屋に閉じこもっていたのだから。
彼女の澄んだ目がこちらを見つめる。踏み出した足が雪を滑り、体制を崩しかけたのを見て、咄嗟に駆け出していた。
「大丈夫?気を付けて」
「今日はとっても寒いのに、どうしてこんな所まで来ちゃったの」
倒れてしまわないように、二人で左右から体を支えた。辛うじて尻もちをつかずに済んだ彼女は、何処か不満げに眉を寄せて口を開く。
「迎えに、来た、んでしょうがっ!全然、帰ってこないんだから……!」
「お迎え?」
「来て、くれたの?」
くしゅん、と小さなくしゃみを聞きながら、恐る恐る聞き返した。
迎えに来た。その言葉が、じわりじわりと全身に広がって、胸の奥が暖かくなってくる。
なんだか落ち着かない。同じようにそわそわとしている片割れと目が合い、赤くなりながら笑う。
お礼を言おうと顔を上げた瞬間、片割れと共に小脇に抱えあげられ慌てて身をよじった。
「こら、暴れるな。転んだらどうするの。このお馬鹿狸!」
文句を言われるものの、気にせず彼女の腕から抜け出した。片割れも抜け出し、彼女と手を繋ぐ。
「帰るなら、こっちの方がいいな」
「おてて繋いで一緒に帰りたいな」
「まったく……仕方ないな」
溜息を吐きながらも、手を振りほどく様子はない。それが嬉しくて、先程までの悲しい気持ちなど忘れて笑みが浮かんだ。
笑いながら、鼻歌交じりに三人で帰る。
「またお迎え来てくれる?」
「三人で一緒に帰ってくれる?」
「嫌だよ。寒いのは苦手だって、知ってるでしょ」
眉を寄せて彼女は首を振るものの、きっとまた迎えに来てくれるのだろう。
片割れと視線を交わし、くすくすと笑い合う。きゅっと手を握れば、手袋越しに暖かさを感じた。
「あぁ、そうだ。ちょっと離して」
握られるのは嫌だったのだろうか。繋いでいた手を離され、途端に胸が苦しくなる。
温もりを失って、手が冷える。縋るように見上げれば、彼女は手袋を外してポケットの中に入れた。
何をしているのだろう。彼女の行動の意味が分からずただ見つめていると、外した手を差し出し、もう一度手を繋いでくれた。
「冷たっ。こんなに冷えるまで遊んでないでよ。狸って、どうして、こう……!」
ぶつぶつと文句を言われるが、彼女は手を離さない。
凍えた指先が、彼女の手から伝わる熱でじんわりと暖かくなっていく。熱と共に彼女の優しさも伝わって、ふわふわとした気持ちで歩いていく。
「帰ろうか」
「帰ろうね」
「何言ってるの。帰ってるじゃない」
呆れた溜息を聞きながら、二人で笑い合う。
迎えは来ない。母がいなくなってから、迎えはないのだと思っていた。
けれど彼女が来てくれた。どこにも行けずに震えていた自分たちに手を差し伸べてくれた。
新しい家は空っぽなんかではない。大好きな彼女がいる、大切で温かな場所だ。
手を握る。握り返してくれる温もりに、指先だけでなく全身が温まっていく。
「ずっと一緒にいてね」
「手を繋いでいてね」
彼女は何も言わない。けれど繋いだ手は離れない。
きっとそれが、彼女なりの答えなのだろう。
20251209 『凍える指先』
12/10/2025, 3:57:38 AM