水蔦まり

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第四十三話 その妃、煽り立て
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「実を言うと来る予定は一切なかったのですが、一度追い払った後どなたもいらっしゃらないので。こうして、ここまで足を運ぶことになりましたの」


 そして、その妃は扇子越しにほくそ笑む。


「女一人に怖気付いて。……本当に皆さん、ちゃんと“玉”はついていらっしゃるのかしら。それとも、まだケツの青い子供なのかしら」


 己の正しさに矜持を持つ人間どもには、もはや堪忍袋の緒すらないのだろう。


「そうでないなら、この場にいる全員が、まだ何もできない乳飲子なのでしょうねえ」


 だから、それだけで煽り文句には十分であった。



 怒号を上げながら、己の怒りに任せ、一斉にその妃へと飛び掛かる。案の定、攻撃を与えた者どもは、まるで強力な何かに弾き飛ばされたかのように、壁や床、天井へと叩きつけられていた。

 今の一瞬で何が起こったのかと、脳の無い奴等は互いを見合った。そうしたところで答えなど出るわけも無しに。



「嗚呼失礼。帝を差し置いて先に雑魚をお相手してしまって」

「此方こそ失礼した。礼儀のなっていない奴等であったな」


 その妃は、その場から一歩も動かなかった。
 一歩どころか指一本も動かしはしなかった。


 ……それだけの力を有しているのか。
 ただ一つ確かなことがあるとすれば、ずっと隣で指示を待つ餌やり男には、何かを排除するだけの力も頭も度胸もないということだけ。



「因みにお前は、どちらの味方をする。また今までのように強者につくか? そうして生き延びてきたのだろう?」

「私はあくまでも、帝に妃の餌やり係を命じられた宦官に過ぎませんので」

「それでも男なら、一度くらいは見せ場を作るべきではないか? それとも既に“桜”の奴等には見放されたか」

「ご安心ください。“桜”としての矜持は、今も決して忘れてはおりませんから。見せ場については……ここに、ふさわしい方がいらっしゃいますので、その必要は私にはないかと」


 男もまた、嬉しそうな顔をして笑っている。

 過去の絆がそうさせているのか。それとも、それだけ他者を惹きつける力が、あの妃にはあるのか。



「惜しい。実に惜しい」


 本当の意味で彼女を手に入れられていたら。いや、ただ方向が同じでありさえすれば、手を取り合える関係であれたであろうに。



「惜しんでいただけて非常に迷惑極まりないですが、あまり長い時間お邪魔するのもご迷惑……いえ面倒なので、ちゃっちゃと終わらせていただきますわね」


 そもそも、私の性に合いませんの。


 そう言った彼女が袖口から取り出したのは、手の平いっぱいに乗る、大きな黒い球のようなもの。


 着火した得体の知れない物体は、まさに爆弾であった。






#ずっと隣で/和風ファンタジー/気まぐれ更新

3/13/2024, 11:57:42 PM