『ところにより雨』
「…なあ、いい加減魔法やめてくれよ」
「なんで?」
馬鹿みたいに大きな本を背負って俺の隣を歩く少女に、俺は苦言を呈した。隣のコイツはただ普段通りに歩いているように見えるが、俺にはわかる。コイツは今魔法を使っている。しかも、恐らくはそれなりにはた迷惑になりかねない魔法を。
「お前のせいだろ、ずっと曇りが続いてんの。この雨雲だと数日は雨が続いてもおかしくないのに、一切雨が降ってこない。いくらなんでもおかしすぎる」
「そーんなわけあるかもね」
「ほらあるんじゃないか!」
隣の少女はすぐに白状してきた。しかも、全く悪びれていない様子。俺がおかしいのかと頭を悩ませていると、コイツは俺の前にまわってきて、俺を見上げながら首を傾げた。
「でも、それは君のせいだよ?」
「なんでそうなるんだよ」
「だって、連日雨続きで足場の悪い山道を歩くの嫌だってぼやいていたの、君じゃん。だから雨降らないようにしてあげたのに」
「うっ……」
言った。確かに言った。数日前に出発した町から次の村まで、山道を進まざるを得ない。おおぶりではなかったとはいえ、雨が降り続けられると足も取られるし、滑って大事故になりかねないのでできれば避けたかったのだ。とはいえど、天候を変えるなんてこともしたくなかったので、なんとか我慢していた。しかし、朝起きてまだ雨が降っているのを見て、つい口にしてしまったのだ。「雨、いい加減やんでくんねぇかな」と。まだコイツは寝ていると思っていたからすっかり油断していた。まさか聞かれていたとは。
「わたしは君の願いを叶えてあげただけだよ?まあ、さすがに天候を大きく変えることはできないから、せいぜい雨を降らさないように雲を操っているくらいだけど」
それがせいぜいで済むことではないことに何故コイツは気が付かない。いや、それはこの際いい。コイツの情操教育は今後いくらでもできる。今は、操っている天候をもとに戻すように言うのが先決だ。
「確かに雨がやんでくれればいいのにとは言った。その方が安全に進めるしな。でも、天候を操るのはよくない。世界の循環を狂わせることになるぞ」
「どうして?」
「お前は今、雨を降らさないように雲を操っているといったな。具体的にはどのように操っているんだ」
「そりゃ勿論、雲の中の水分が落下してこない程度の大きさで固定しているの。できるのはわたしから半径五キロってところだけど、わたしたちが今ここを歩いている分にはそこまで問題ないでしょ?」
「俺たちが歩いている分にはな。お前の範囲外に入った雲はどうなるんだ」
「そりゃ勿論、効果が切れるんだから、雨が降るでしょうね」
「ってことは、俺たちの後ろでは、大雨が降ってんじゃないのか?」
少女は大きな目を瞬かせた。やっぱりコイツ、気づいていなかったな。
「俺たちが楽をしようとした結果、周りが大きな被害にあっているんだ。それは俺の意に沿わない。だから、頼むからその魔法はやめてくれ」
「……わかった」
随分不本意そうではあったが、雲をコントロールするのはやめてくれるようだ。もとは俺の呟きが発端であるから、コイツばかり叱るのはお門違いではあるのだが、このまま周りが見えないままは問題がある。これを機に、自分の懐に入れた人間以外も目を向けるようになってくれればいいが。
考え事をしていると、鼻先に水滴が落ちてきたのがわかった。雨を降らし始めてくれたのだろう。
「…ちなみに」
「なんだ?」
「今頭上にある雲も、間違いなくわたしの魔法がかかっていた雲なわけでして」
「そうだな」
「しかも、半径五キロ分の雨を抱えているわけでして」
「……おい、まさか」
「今から、五キロ分の雨が一気に降ってきまーす!」
ドドドドドドドドド。まるで滝のような雨が一気に降ってきた。前言撤回だ。コイツはもっと叱るべきだった。ていうか、半径五キロ分でこの雨量だったら、その後ろではもっととんでもない雨が降っているんじゃないのか。
「てめぇ!今度あの町に帰ったら、誠心誠意謝れよ!わかったか!」
「大丈夫だよ。私の効果範囲を離れた雲は少しずつ雨が降るように調整はしたから。まあ、その分長期間の雨にはなるけれど」
「それを!先に!言え!」
「ははっ!魔女のいるところにより雨ってね!」
「雨どころの騒ぎじゃねぇだろうが‼」
まあ、あとでちゃんと町のことも考えているじゃないかと褒めてやろう。そう思いながら、降りしきる大雨をしのげる場所に向かって走り出した。
3/24/2024, 1:26:54 PM