「あなたならできるから頑張りなさい」
わかっています。私はあなたの娘だからできないはずがありません。
「あなたはあの子とちがって反抗期がなくてよかった」
妹は思春期だから仕方ないです。その分私があなたを手伝います。安心して出掛けてきてください。
「あなたがいてくれてよかったわ」
こんなことでしか役に立てなくてごめんなさい。いつも迷惑をかけているのは私だから少しでも恩を返したいのです。その言葉だけで私は嬉しくなります。
「どうして何もいわなかったの!今さら遅いのよ!」
ごめんなさい。言えばあなたを困らせてしまうから言えなかったのです。もちろん、自分でなんとかします。あなたの手を煩わせることはしません。ごめんなさい。
「私はあなたの味方なの!どうして分からないの!」
ごめんなさい。あなたが私のためにお金をかけてくれてこんなにもよくしてくれているのに、ごめんなさい。
「あの子は独り立ちしたのに、どうして」
ごめんなさい。何も貢献できず、迷惑ばかりかけてごめんなさい。なんでもはできないけれど、何か役に立つのならどうか私を使ってください。
私は何をしていたのでしょうか。
あんなに求めていたあなたからの愛情や関心がとてもちっぽけに感じたのです。そうしたらガラガラと音を立てて何かが崩れていって、もう駄目でした。
ペン立ての中のハサミに目が惹かれました。それが欲しくて欲しくて堪らなくなりました。手をのばしてペンの山から引き抜けば、あっさりと手に入りました。
少し錆びのついた銀色が、なぜかとても美しくみえました。何度かショキショキと刃を開いては閉じてを繰り返した後、パチンと閉じました。添えていた手に少しの痛みと赤黒い血が滲んでいきます。
ゾクリと背中が粟立つのを感じました。
―これが私を救い出してくれる鍵になるのだ
私は嬉しくて嬉しくて、我も忘れて鍵を強く握りしめました。まだ足りません。もっと、もっと強く握りしめないと。ようやく手に入ったこの美しい鍵は私だけのものです。誰にも渡したくありません。
ならば、私だけのものにしてしまいましょう。
この身は役立たずだと捨てられました。代わりにより良い存在を迎えたのを、私は知っています。
このハサミも私と同じです。新しく買いかえたからと私のところへきたのです。
偶然だったのでしょうか、それとも運命だったのでしょうか。どちらでもかまいません。もう私だけのものです。
ひんやりとした鍵を首元に当てて、一呼吸。
窓の外は鬱陶しいほどの快晴で青く澄みわたっています。
一羽の雀が面格子に止まりました。コテリと首を傾げて私をみて、すぐに飛び去っていきました。
ああ、私もようやくここから出られます。この鍵が鳥かごの錠を外し、あの雀のように飛び立てるのです。
―ごめんなさいね
血溜まりの中、ハサミの銀色だけがギラギラと光っていた。響きわたる悲鳴と真っ青な顔をした人間を嘲笑っているかのように光っていた。
【題:鳥かご】
7/26/2023, 4:09:42 AM