ヒトモドキ

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ひなまつりに用いられる雛人形というのはその家に降りかかる厄災を代わりに受けてくれるのだという。
一方で、とある地域では雛人形に触れ、自身の穢れや業、災いを移し川に流すことによって息災を祈るそうだ。

「このように人形というのは形代、いわゆるところの身代わりに用いられる物なのです」

と、高々に高説をたれている我が部の部長、吉田を尻目に人差し指程の背丈の雛人形を手のひらで遊ばせる。
その体型は一般的な雛人形に比べ細長く、身にまとう十二単が貧相に見えてしまうほどである。また、装飾も大雑把であり、古ぼけて色がくすんでしまっていてはいささか同情してしまいそうになる程だ。
加えて、嫌にひんやりした温感と大きさに比べやたら重く感じる重量感は、まるで引き受けた厄を溜め込んでいるためだと感じさせるようで薄気味悪さを感じさせる。

「それは土雛というんだよ」

今更ながら手のひらに転がっている人形の不気味さを感じ始末に悩んでいると唐突に声をかけられた。

「土雛?初めて聞きますね。これも雛人形の一種なんですか?」

内心の動揺を悟られぬよう部長に質問をぶつける。

「山本君が知らないのも無理はないよ。これは一部の地域の風習で作られていた物だからね」

知識をひけらかし、君が知らないのは当たり前だというような発言に苛立ちを感じつつもなんとか取り繕いさらに問うてみた。

「作られていた?もう作られてないって事ですか?」

「ああ。風習が廃れつつあるし、何より作っている職人がもういないそうだ。これは僕が祖母のつてで借りてきたものだがこれを作った職人も2年前に亡くなったらしいしね」

「なるほど。確かにこんな姿の人形じゃ今はなかなか売れないでしょうね。飾りたいとも思えないし」

自分の感じた気味の悪さを肯定するように部長に返事を返す。

「僕は割と好きなんだけどなー。なんというか呪物みたいで好奇心がそそられる見た目じゃないかい?」

目を輝かせながら部長が答える。流石オカルト部の部長着眼点がおかしい。

「ひなまつりに呪物を飾りたがる人間がどこにいるっていうんですか」

「あはは。確かにそうだね。でもこの雛人形に至っては順序が逆なんだけどね。」

「え?」

猛烈に嫌な予感がする。そしてそんな予感に呼応するように手のひらの人形がムズムズと動き出しているような気がし始めた。聞かなきゃよかった。後悔。

「この人形はね、ひなまつりに飾らせる事で不幸を招くように呪い(まじない)がかけられてるんだよ。その家の人間の幸福を吸い取り、自らが引き受けた筈の厄災を
飾られた家に移すっていう」

「ッ!」

半ば放り投げるように人形を机の上に手放す

「なんてもの触らせるんですか」

部長に抗議をする。本当に何考えてんだこの人

「あはは。山本君は大丈夫だって。だって君、女の子でしょ?」

いや、大丈夫な要素が分かりませんが?というかどういう神経してんだこの人

「男にしか厄災は降りかからないんだよ」

未だ抗議の視線を向けている私に部長は告げた。

「この人形はね逆になってるんだよ。不幸を移すのも幸福も吸うのも本来は逆だろ?だからそれをうつされるのも男の子なんだよ」

「でも雛人形というのは家に降りかかる厄災を肩代わりするものですよね?」

「山本君。僕の話聞いてた?まあいいや。さっきも言ったけど雛人形というのは家に降りかる厄災というよりもひなまつりの主役と言える女の子に降りかかる厄災をかぶるものなんだよ」

しまった。話に飽きていてきちんと聞いていなかったのがこんな所でバレるとは。とにかく変なことは起きなさそうだしまあいっか。

「あれっ?じゃあ部長って大丈夫なんですか?まあ確かに女の子みたいな見た目だけど」

安堵しつつふと疑問に思い聞いてみた。

「山本君...口は災の元って諺知ってる?確かに僕はれっきとした男だよ。でもね、生憎だけど僕は呪いなんてもの信じてないんだ」

思わず口が開いてしまう程唖然としてしまった。今の私はきっと凄く間抜けな顔をしてるに違いない。
呪物がカッコいいとか言いつつ信じていないのかこの人。前々から思ってたけど結構な天邪鬼なんだよなうちの部長。

「まあ払い屋をやってる祖母の知り合いがお祓いをしたらしいからどのみち大丈夫だけどね」

思い出したかのように口を開いた。本当になんなんだこの人

「あの。でもそれって多少は信じてるってことなんじゃないですか?」

こっちは散々動揺させられたのだ、最後に少しくらい勝ちを譲ってもらってもバチは当たるまい

「あると思えば存在するし、ないと思えば無くなってしまう、それが呪いっていうものだよ。だから僕は呪いなんてものは存在していないことにしてるんだよ」

そう答えた部長の作り笑いのような笑みからはいつもの嫌味は消えて、その代わりに切なさと何か後悔めいた感情が感じられた。

「さてと、そろそろ暗くなってしまうし帰ろうか」

机の上に投げ出され散らばった人形を木箱にしまいながら部長が告げる。思いの外早く過ぎていた時間に驚きつつ準備をして学校を後にする。

「ないと思えばなくなってしまう」

帰り道、思い出したかのように部長の言葉を反芻する。
いつもと違う笑みを浮かべた部長。そのすぐ後ろでは天井からぶら下がった男女が囁いていた。

「お前が呪われる筈だったのに」

ボソボソと聞きとり辛い言葉の羅列から私が拾ってしまった言葉。

きっとそれは私が思い込みで見た幻覚なのだろう。
私と彼がそう思えば彼らはきっと消えてしまうのだから。

3/3/2023, 5:23:39 PM