七瀬奈々

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 滅多に自分を見せない人がいる。
 いつもニコニコしていて人当たりが良いけれど、でもそれ相応にひどい欠点がある。傍から見ればとても人間らしい人なんだ。


 その人はドーナツが好きらしい。
 とは言っても、その会話をしていたのが街の喫茶店で、ちょうどその人の手元にあるメニュー表に描かれていた小さなイラストがドーナツだったからで、本当にその人がドーナツが好きなのかは分からない。
 だけど、「好きな食べ物とかある?」の問いに「ドーナツかな」と答えた。だから多分、好きなんだと思った。

 ある日、外回りの土産にドーナツを買って戻った。甘いし、ほどよく腹も膨れるからちょうど良いかなと思って。自分も含め居残りの4人が2つずつ食べられるようにと思って、期間限定から定番の味まで選んで箱に入れてもらった。

 甘いものが好きな同僚2人が先に選んで、残りが自分とその人だけになった。穴が空いていてシンプルな定番の味が残っていたけれど、悩んでいるみたいだったから「以前あなたがドーナツが好きだと言っていたから」と言うと、案の定「そうでもないかな」の答えが返ってきた。
 分かってた。この人はこういう人だから。ため息と一緒に愛想笑いをしようとした。


「だけど君が選んだものは好きだよ」

 そう言って、箱の中から半分だけチョコがかかった硬い生地のドーナツを取り出した。それを片目にかざして、穴からこちらを覗き込んで、そして笑った。

「間抜けな顔してるね」

 そのドーナツを半分に割って、綺麗にチョコが掛かっていない方を差し出してきた。

「親愛のしるしだよ」
「これ、チョコが掛かってないけど」
「ドーナツよりもチョコレートの方が好きなんだよね」

 なんだそれ、と呆れて脱力してしまって、チョコが掛かっていない半分のドーナツを受け取った。もうどれが本当でどれが嘘なのか分からない。
 残りのドーナツはそれぞれ半分に割って2人で分けて食べた。片側しかトッピングがないものは、勿論その人がトッピングがある方を食べた。
 その人はいつもよりご機嫌で、楽しそうにしていたのを覚えている。


 後から聞くと、どうもドーナツは本当に好きじゃないらしく、悪い事をしたなと思った。だけど、それなら最初に「ドーナツが好き」と答える相手もかなり悪いだろ? そんなことを言ったらこう返ってきた。

「これから好きになると思うよ。穴を壊してくれる人がいるから」

 あの人はいつも意味が分からないことを言って真意をはぐらかす。それは、やっぱりこちらが信頼されていないだけなんだろうけど……
 まあ、難解で取っ付き難いのはいつも通りだし。せめてこんなふうに回りくどい言い方をされないような関係にはなりたいかな。それがきっと友人のあるべき姿だろうし。



お題:寂しさ

12/20/2023, 5:51:55 AM