泡沫

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「おい、それは握りすぎだ」
「…そうか?」
自分の握るそれを見つめる。ぎっちりと白い米粒が敷き詰められているおにぎりは、炊きたての白米だからかつやつやと光っている。

「こういうのは心も込めて作るものなんだぞ?」
とたしなめる左隣のあいつは俺の癪に障る言い方をしてくる嫌なやつだ。
「だからこそぎっちり握ったっていいじゃねぇか」
などと口論をしながら、寝ぼけた頭で不慣れなおにぎりを握っていると、寝室の方からスリッパを引きずる音がした。


「おや、おふたりとも早起きなんですね」
と後ろから穏やかな男の声がする。

隣にいたヤツがその人の口調に合わせるように、
「ええ、今日は昼飯を食いに行く時間もないと思いまして。」
あなたの分もありますよ、と穏やかに返した。先程まで俺といがみ合っていたはずだが…。

だからおにぎりを作っていたんですね、と納得したその人は、おにぎりを握る俺の右隣に来て様子を見ている。

俺のおにぎりは少し不格好で、三角であるはずのものが、形が崩れて四角形にも見えなくもないし、頂点が火山の噴火口のようにぼそぼそしている。中央に巻かれた海苔は、おにぎりに正確にくっついておらず、斜めになったものがいくつもある。

「ふふ、美味しそうなおにぎりですね」とその人が言うと、俺が返事をする前に、ええ?とすぐさま不服そうな声が飛んでくる。
「そうですか?こいつのおにぎりはぎゅっとしすぎですよ。もっと優しく握れと言ってるんですが…」
と隣のヤツが言うと、反対側の右隣からくすくす笑う声がした。

「あなたのおにぎりみたいだなと思ったんですよ。最初に作ってくれたおにぎりがそんな感じだったなと思い出してつい」

くすくすと笑うその人の言葉に狼狽するそいつは、本当にこの人を慕っているように見えた。長年、2人でともに生活してきたことが窺える。

俺に家族はいない。もちろん誰かのためにおにぎりを握ったことすらなかった。だが2人の様子を見て、誰かのために作ってあげる料理は、俺が思っていたよりもずっと暖かいことのように感じられた。

『力を込めて』

10/7/2023, 3:00:36 PM