Werewolf

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【たった一つの希望】さぁ! 今日こそ婚約破棄をしよう!

 アルファルドはうんざりしていた。自分の婚約者は真面目一辺倒で全く面白くない。茶会の席に呼んでやればやれ隣国タガフの飢饉がどうの、やれ山向こうの田舎の国バスロイがどうのと、つまらない話ばかりする。それだったら上級学院で知り合ったカドゥオン男爵の家の令嬢の方がよほど面白い。社交界の噂はもちろん、市井の間みや流行にも敏感で、話していて面白い。化粧も華やかだし自分に似合うドレスをわかっている。どうも婚約者のシェリーは地味なのだ。メガネでこの国では珍しいブルネット、化粧も見たところ最低限だ。そんな見た目なのに、話題の割に詩学の成績が中の下だった。まったく不出来な女だ。国王たる父がなぜこんな女を自分にあてがってきたのかわからない。

 ということで、アルファルドはその日の夜会でカドゥオン男爵令嬢フリジアを伴い、二階のバルコニーから宣言したのだ。
「シェリー、お前にはうんざりだ! 本日をもって婚約を破棄とする!」
 隣でフリジアが鈴のような声をあげて笑った。
 しーん、と夜会の会場が静まり返る。そして次の瞬間には、まるで会場が蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。
「マジで言いやがったぞ!」
「おい国王よべ国王!」
「あああのシェリー様、一旦こちらに!」
 その中に顔を真っ青にしたフリジアの父、カドゥオン男爵もいた。しかし彼は何も言わず、近くにいた自分の側近を呼び寄せると、そのままその場を辞してしまった。
 一体何が起こっているのかわからない。学園で「お似合いですね」と声をかけてきた他の家の人間たちまでもが真っ青だ。アルファルドにしてみれば、さぞ華々しく迎えられると思っていたのだ。
 そして、その場に父が現れた。威厳のある顔の目が悲しげにアルファルドを見つめている。
「……そこまでバカだったか」
「いや、いきなり失礼ですよ父上」
 むっとして言い返すが、次の言葉を言う前に左右から衛兵に腕を掴まれてしまった。
「おっおい無礼者! 放せ! 父上、やめさせてください!」
「キャッ! なんなのよも〜!」
 フリジアもそれは同様だった。
「たった今をもってアルファルドを廃嫡、フリジアもそれに伴わせる」
 そう告げる声に、アルファルドは目を見開くしかできない。
「帝王学と社会学で散々教えたはずだぞ、アルファルド。我が国は肥沃であるが、他国との交渉が上手くいっていない。自給自足だけでは国は伸びないのだ」
 急な話題で、何を言われているかわからない。そんなこと、何か聞かされていただろうか。
「シェリー王女は海を隔てたイルドニから来ている。イルドニとの国交は我が国に大きな船や技術力をもたらしている」
 そうだっただろうか。婚約者として引き寄せられた頃にはフリジアと比べていた気がする。一体、だからなんだというのだろうか。アルファルドになんの関係があるのか。
「まだわからないのか」
 と、声が飛んできた。それはアルファルドの腹違いの兄、王位継承権のないシルビックだった。離れに住まう彼をいつ追い出すのだろうかと思っていたのに、まだいるのかと呆れる。ふと、その隣にいつも通り、つまらない顔をしたシェリーがいた。
「お前、自分の婚約の話を少しも聞いていなかったな」
 溜め息が聞こえる。
「いいか、嫡子として継承第一位のお前とシェリーの婚約は、国の約束だ。イルドニからは「最も位の高い男との婚姻を望む」と言われている。こちらはその条件を飲むことで、イルドニの国交を盤石とし、貿易状況を他国への交渉材料にして、隣国タガフの飢饉に食糧援助を申し出て、バスロイに陸路を開く工事の交渉に入れた」
 アルファルドは理解の追いつかない中で必死に考えていた。最も位の高い男とは自分だ。だがそんなことのために好きでもない女と。そこまで考えてから、「そんなこと」だろうかと、はたと立ち戻ってしまった。アルファルドの不幸はそこにあった、彼は底なしのバカではなかったのだ。
「アルファルド、お前を廃嫡としたことで、王位継承権はシルビックに移った。シェリーもそれで承諾してくれている」
 ようやく事態を理解したアルファルドが何か言おうとしたが、すっかり渇き上がった喉ではなんの言葉も出てこなかった。となりのフリジアも唇まで真っ青にしている。
「フリジアは王族を誘惑した罪で永年の地下幽閉、お前は国外追放……と言いたいが、外に出すとまた碌でもないことをしでかしかねん、離れの塔への幽閉とする」
 まぁ、お優しいという声があちこちから聞こえてきた。優しいわけがあるかと、反論するコマが手元にない。
「我が国は、たった一人でこの国へ来た、交渉材料となることを選んでくれた彼女を、無碍になどすることはできないのだよ」
 ずるずると引きずられながら、アルファルドは父王の後ろに控えていたシェリーを見た。無表情な女だ。今もじっとこちらを見ているだけだ。もしアルファルドにたった一つの希望があるとするならば……彼女が御子を授かり、その時の温情で減刑される時だろう。彼女がそれを許すかどうかは、これからの幽閉生活次第である。

3/3/2026, 6:35:03 AM