「どうしたの、変な顔してるよ」
調べ物をしている時の難しい顔、お昼ご飯を食べている時の美味しそうな顔、誰かとおしゃべりしている時の楽しそうな顔……普段からよく百面相をしている彼が、あまり見たことのない顔をしている。
「……あ、え、そんなに変な顔でしたか?」
「うん、初めて見る顔だよ」
あえて表現するなら、ムズムズを我慢しているような、解けない問題をずっと考えているような、個性的な味の食べ物を口にしたような……とにかく複雑な顔。彼はえへへと気まずそうに笑い、しかし正直に答えてくれた。
「ぼく、この時期がどうしても苦手で」
「この時期……ああ、雨がよく降る」
「そう。じめじめしたまとわりつくような空気とか、何となく身体がだるい感じとか……」
机に突っ伏し彼は続ける。両腕の下では数枚の書類が少し皺になる。
「極めつけは髪の毛です。普段からそんなにこだわってはいませんが、髪がどうしてもバクハツしてしまうんですよねえ。本当にこれには参ります」
「わあ、それは大変そうだ」
一本一本が細くて、人より量もあるのだろう。ふわふわと軽そうな髪が、なるほどいつにも増してあっちにこっちに跳ねていた。自分は短くしているからあまり影響は受けないが、これなら確かに愚痴だって零したくなる。
机に乗るその頭に思わず手を伸ばした。そっと触れた髪の毛はやはり柔らかくて、気の毒に思う気持ちよりも癒される気持ちのほうが勝ってしまう。たくさん触ると嫌がられてしまうかもしれないので、早めに手を引っ込める。
「とっても素敵な髪だと思うけどね」
断りもなく触ってしまったことへの言い訳めいた感想も添えながら。
「……ありがとうございます。今だけは素直に喜んでおきましょう」
僅かに顔を上げ、こちらを見てふにゃりと笑ったのを見て、あ、いつもの彼が戻ってきたと感じた。
「だとしても、この時期がしばらく続くのはちょっと……あなたは苦手じゃないんですかぁ?」
「んん、どうだろう?」
うんざりといった表情で問われる。長い雨は好きでも嫌いでもない。けれど、彼のこんな一面が見られるのだから、どちらかというと。
【梅雨】
6/2/2023, 10:03:22 AM