かたいなか

Open App

「鐘……かね……?!」
某所在住は鐘をネット検索しながら、どこかに書きやすい抜け道など無いか思考を巡らせた。
「『鐘(しょう)』なら寺にあるみたいな釣り鐘、
『当たり鐘』であれば福引等のガランガラン、
ハンドベル、振り鈴も構造としては『鐘(ベル)』。
ドア開いた時のチリンチリンは『ドアベル』か」
今日も手強い。難しい。なおも鐘を漁る物書きの目に、ウィキの文章、その一部が留まった。
「『風鈴とは、日本の夏に家の軒下などに吊り下げて用いられる小型の鐘鈴』、『鐘』鈴……!」

――――――

明日明後日あたりから、東京は翌週水曜日あたりまで雨の予報。当分出歩けないだろうから、今日のうちに買い出しすべき所に買い出しに出て、補充すべきものを補充して、ちょっと髪整えてもらって、
ある程度気温の下がった夜10時に、ぶらり何か新しい小物を買いに外へ出た。
日中に比べれば6℃くらい下がったけど、それでも完全熱帯夜。東京の夏は本当に暑い。
オーロラガラスのコップとか、新しい携帯ファンとか、涼しい系のサムシングを新調すれば、ちょっとQOLが上がる気がした。

100均、アンティーク、雑貨屋さん。色々見て、最後に行き着いたのが、ガラス製品の専門ショップ。
チリンチリン、チリンチリン。
来店した時の、強化ガラスかもっと別の素材か知らないけど、ともかく風鈴みたいなドアベルが、すごくキレイで、かわいかった。
「そうだ、風鈴!」

ガラスの風鈴買ったら、カワイイし、涼しいかな。閃いた私は早速風鈴のコーナーへ。
私好みの金魚と花火が描かれた水色のやつは売り切れちゃってたけど、
かわりに、職場の先輩が好きそうな、白と青と紫の花が描かれたやつは残ってた。

先輩は、つい数日前熱中症で倒れちゃって、当分仕事はリモートワーク。
室内の、エアコンから離れたあたりに風鈴をつければ、少しは気分上げて仕事できるかもしれない。
嬉しい気持ちを一生懸命隠した先輩が、
「わざわざ私などに金を使う必要も無いだろうに」
とか言いながら、大事に大事に扱ってくれるのを、解像度4K8Kレベルで想像しつつ、花の風鈴を会計に持ってったら、

レジで会計するその先輩本人を見つけて(あっ……)
先輩も何か風鈴を買ってて(そうだよね自分の物くらい自分で買うよね。別に私が贈らなくても)
会計終わってからその風鈴をプレゼント包装までしてもらってて(ん?)
品物の入った小箱を大事に大事に抱えて振り返ると、私を、私の持ってる風鈴を見つけて、途端どちゃくそ何かに失敗したような顔をした(んん??)

先輩何がどうしたの(どしたの)

「先輩?」
「なんだ、好きな風鈴見つけたのか。良かったな」
「どしたの?」
「別に、どうも、なにも、ただ綺麗な、風鈴を見つけたから。自分用に」
「自分用にわざわざプレゼント包装しないでしょ」
「あ、ぅ……」

「あのね」
レジ前で話し込んでてもアレだ。私は自分の持ってきた風鈴を、会計してもらって、せっかくだからプレゼント包装もお願いして。
「コレ、先輩好きそうだな、って思って」
一緒にお店を出た後で、私が買った風鈴の小箱を先輩に渡したら、先輩はバチクソに驚いた顔をして。
それから、同じくらいバチクソに、安心したような長いため息を吐いた。

「なんだ。私は、てっきり」
先輩は小さく言い訳して、ちょっと恥ずかしそうに、もしくは照れてるみたいに咳払いして、
「つまり、お前がお前の気に入ったものを、自分で見つけて購入してしまうのかと」
先輩が買った風鈴の小箱を、私に差し出した。

包装取っ払って小箱を開けて、出てきたのは、金魚と花火が描かれた水色の風鈴。
チリンチリン、チリンチリン。
ガラス製ならではの透き通った涼しさが、日本ならではの鐘鈴の音が、多分先輩の照れっ照れな顔の熱を、冷ましてくれた、かもしれなかった。

8/5/2023, 12:11:27 PM