ハイル

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【秋晴れ】

 その夜は酷い嵐だった。
 深い山の奥で薪拾いをしていたランは、力強くそびえ立つ大木を見つけ、その下に駆け込んだ。大木から張り巡らされた葉が雨を退けてくれたが、寒風は変わらず体温を奪い体を痛めつける。
 なんとかこの夜をしのごうと体を丸め雨風に耐えていたとき、ふと後ろから声をかけられた。

「お嬢さん、大丈夫かい?」

 ランと同じくらいの少女の声だ。
 振り向くと、藁を束ねて作った甲羅のようなものと、笠を被った少女が立っていた。黒髪を可愛らしくおかっぱに整えている。
 少女は優しく微笑むと、この先に使っていない小屋があるから一緒に行こう、と誘ってくれた。
 小屋には小さいながら囲炉裏が備えてあり、ぱちぱちと温かな火が弾けていた。ランと少女は囲炉裏を囲んで二人で暖を取った。

「それにしても、こんな嵐の中災難だったねぇ」
「うん。でも、あなたに会えて本当によかった。あのままじゃ凍え死んじゃうところだったよ。あなた、お名前は?」
「あたしはヤマコ」

 ヤマコと名乗った少女は、ニカッと歯を出して可愛らしく微笑む。

「ヤマコ、可愛い名前ね。ねぇ、ヤマコ。あなたが着ていたあの藁でできた甲羅みたいなもの、どこかで見たことがあるような気がするんだけど、なんて言う着物なの?」
「あはは、あれは着物なんていう洒落たもんでねぇが、蓑っちゅう雨具よ。この辺りじゃ着てる人はいねぇかなぁ?」
「私はあれを着ている人、見たことないな。ヤマコはこの小屋に住んでるの? 親御さんとかはいないの?」
「いんや、あたしもランと同じ村に住んどるよ。ランは気づいてねぇかも知んねぇけど」
「……あれ、私、名前言ったっけ?」
「あんれ、言うてなかったけ? まあ、もう夜も遅いもんだから、嵐が止むまでここで泊まってきな」

 ランはヤマコの言葉に謎の引っ掛かりを覚えた。
 確かにランは山の麓にある村に住んでいた。住民の少ない小さな村だ。ただ、狭い社会だからこそヤマコという少女が村にいないことを知っていた。
 それに、自分の名前を教えた覚えはなかった。聞かれなかったからに過ぎないが、それがふとランの心に疑念を抱かせる。
 小屋には獰猛な強風が壁を叩く音と、ぱちぱちと火が弾ける音が流れている。
 ランは記憶を辿りヤマコのことを想い出そうとしたが、そうこう考えているうちに眠りに落ちてしまった。

 深いまどろみから目を覚ますと、既に嵐は止んでいた。囲炉裏には黒い燃えかすとなった炭が残されている。
 ヤマコは小屋から姿を消していた。
 キィと小屋の扉を開くと、地面には所々に昨夜の嵐の惨状が見て取れた。大きな水溜りには青々と輝く秋晴れの空が映されている。
 ランは家族に無事を伝えるため、急いで村まで戻っていった。
 山と村の境目まで来ると、視界が開け一面田んぼの世界が広がった。その中に、見覚えのある雨具を着た人物が立っている。

「ヤマコ! おーい、ヤマコ!」

 ヤマコだ。ヤマコは本当にこの村の住民だったのだ。
 ランは昨夜抱いた疑念が記憶違いだったのだと思い直し、田んぼに立ったその人物のもとまで勢い良く駆け寄る。その姿が近くまで迫った時、ランはそれが昨夜出会ったヤマコではないことに気がついた。
 田んぼに立っていたのは、蓑笠を被った案山子だった。顔面にはへのへのもへじが書かれており、黒いおかっぱのカツラが被せてある。
 へのへのもへじと言うと、口の部分が『へ』の形になっていて機嫌が悪そうな顔をしているが、その案山子はアルファベットの『V』のような口をしていた。そのにこりとした顔が、ヤマコの可愛らしい笑顔と重なった。

 嵐の夜、私を助けてくれたのはこの案山子だったのたろうか。

 真実の程はわからないが、ランは案山子に頭を下げて帰路に付く。
 空には雲一つない晴天が広がっている。燦々と照りつく太陽が、ランの行く道を明るく照らしていた。

10/18/2023, 1:50:59 PM