NoName

Open App

 「奈落」と書いてある紙を拾いました。太いゴシック体の文字でした。手のひらの半分に収まるくらいのちいさな紙でした。
 途方をなくしてしまったようで、つまりは大人でも迷子になるんですね。いつもなにか苦しそうだった。解答欄の空欄は埋まりましたか。
 果てまで行くの。って君が言うから内心困った気持ちになりました。果てなんて無いのに。宇宙は光より早く拡大していて、人間たちがどれだけ走ろうと追いつきようもない。電車を追いかけるより無謀です。あるいは、もしかしたら、やさしい眠りにつくよりも。
 とはいっても、君は電撃を駆け上っていって、それで、一体どこまでいくの。君のために、小さな町を作ってあげますよ。作るのはパン屋さんが好きだけど、君は食べるのがあんまり好きじゃないね。よだかではないのだから、どこまでもいけるわけじゃない。仕方がないから、帰っておいで。
 言葉というのは文化の副産物のようなもので、つまりは届くとは限らないんですね。底が抜けたコップには、いくら注いだって意味をなさない。奈落は君の名前だったかもしれません。最後に小さな町も、君の奈落に落としておくね。

11/23/2023, 11:33:52 PM