願いが1つ叶うならば
《おほしさまの じかんです》
そう書かれたスケッチブックを掲げて、わが家のちっちゃな幽霊が入ってきた。
そう言えば今日は、年に数度の流星群の日である。前に話したのを覚えていて、知らせに来てくれたらしい。
「そうだね、よし、見に行こうか」
かれは両手を上げて喜んでくれた。シーツを頭からすっぽり被っていても、喜怒哀楽は結構伝わるものである。
訊けば、流れ星を見たことはまだないと云う。
「願い事をしなきゃね」
《?》
「『流れ星』と呼ばれるものは、細い光が尾を引いて流れていくんだけど、その光が消えるまでに願い事をすると叶う、って言われてるんだよ。ちなみに、とっても速いです」
《!》
僕だけ服を着込んで、望遠鏡も持って。
庭先にシートを広げて、椅子とたっぷりの毛布を出して、かれをしっかりとくるむ。子どもはただただ、暖かくしてやりたい。たとえその子がもう生きていないとしても。
《!!!》
「見えた? 願い事はできたかな」
かれは下を向いてしまった。
「光ってから書くと間に合わないかもしれないね…書いておいて掲げるのはどうかな?」
かれが書き上げた願い事は、
《 ゆ っ く り ! 》
気持ちはよく分かる。だが。
「…えっとね、残念だけど、お星さまにはゆっくりできない事情があるんだよ」
《 ⁈ 》
流れ星のメカニズムについて、宇宙を漂う塵が云々〜、とつい語ってしまった。なるべく噛み砕いて伝えたつもりだが、大丈夫だろうか。
「そんな訳で、お星さまは頑張ってもあんまりゆっくり動けません。だから、ほかの願い事があったら、書いてみてほしいな」
二つほど星が流れたあとに見ると、かれはこう書いていた。
《このおうちに ずっといたいです》
かれがこういうことを書くたびに、僕はたまらない気分になる。
この子は僕がまだ子どもだった頃、この先にある家に閉じ込められていた。そして身体的、精神的、性的なあらゆる虐待を受けて、誰からも探されることなく生涯を終えた。
この子と知り合ってから、自分なりにその事件のことを調べてみた。この辺りでは知らぬ者のない、連続児童殺害事件である。本当に恥ずかしいのだが、あまりのおぞましさに途中で調べるのをやめてしまった。僕は卑怯者だ。
それでも、一つだけ強く思っていることがある。僕はこれまで、「目に見えないものは病原菌しか信じない」で生きてきた。でももし天国だとかそういうものがあるのなら、この子は真っ先にそこへ行くべきだ。
だから、もし願いが一つだけ叶うなら、どうかこの子に幸せになってほしい。
「君は居たいだけうちに居ていいし、どこでも行きたい処へ行っていいんだよ」
《 こ の お う ち 》
「…分かった。じゃあ、此処で君がしてみたいこととか、なりたいものはあるかな? せっかくだから願ってみよう」
一呼吸置いて盗み見ると、かれはこう書いていた。
《まほうつかいに なりたいです》
これは難しい。
翌日、町まで出て書店に寄った。
児童書のコーナーで『まほうつかいになる方法』なる絵本を見つける。素晴らしい。
どうやら、まずは杖が必要らしい。本を買って帰り、かれに見せた。
「どんな杖がほしいかな」
《すごいまりょくがある つえがほしいです》
「君はとっても素敵な子だから、きっと手に入るよ」
大人とは、平気で嘘をつける人間のことでもある。
「…詳しそうな人に相談してみようか」
次の日、僕たちは町に出かけて、玩具屋のご主人を訪ねた。電池式のキラキラ光る杖(先端に大きな星がついている)は、かれの心をとらえたらしい。
「これは魔法使いを目指すひとのためのものでね、いきなり魔法が使えるとは限らない。それでもいいかな」
かれはすっかりご機嫌である。
それ以来、夕食後になるとかれはお気に入りのクマのぬいぐるみに向けて杖を振っている。どんな魔法であれ、道は遠そうだ。
ところが、転機は意外と速く訪れた。
ある日の夕方、望遠鏡を外に出していると子どもの声がする。七歳くらいの女の子で、父親とハイキングに来てはぐれたと云う。
毛布にくるんで椅子に座らせ、まずは警察に…と思ったところへ、名前を呼びながら父親が駆け寄ってきた。懐中電灯を出して彼らの車まで送って行くと、その女の子はこう言った。
「歩いてたらすごく古いお家があって、何だか暗くて怖かったの。そしたらお星さまがきらきら光って動いてるのが見えて、着いて来たらおじさんがいた」
「きっと、親切な魔法使いが君を助けたんだね」
町に泊まる予定だという二人と別れてわが家へ戻ると、かれはまたクマに向かって杖を振っていた。
「おめでとう。君は今日、すごいまほうつかいになりました」
《?》
「あの女の子ね、お父さんに会えてすごく喜んでたよ」
かれはひとしきり両手を挙げて喜んだあと、
《あそこは わるいばしょです》
と書いた。
「うん、あの子が辛い思いをしなくて良かった。君は魔法を使ったんだよ」
かれは僕にぎゅっと抱きついてきて、《しあわせ》と書いてくれた。
結論。かれの願い事は叶い、僕の願い事も叶った。
一つだけ問題があるとすれば、最近かれが「さいきょうのつえ」に興味を示し始めたため、わが家の付近では時折、夕方に小枝が浮遊する怪奇現象が目撃されるようになったことである。
3/12/2025, 7:57:28 AM