高校生の頃に家出した。
行くあてもなく、隣町に流れる川の、大きな橋の下へ。
先客がいて、話しかけてくる。
「どうした兄ちゃん。親と喧嘩でもしたか?」
図星だった。正確には、父親と、だ。
「ほっとけよ。イライラしてんだ」
「そうみたいだな。まあ、若いうちはイライラもするさ」
「おっさんになってもムカつくことはあるだろ」
「どうかな。ムカついたところで、何も変わらんことを知ってるからな」
「人生あきらめんなよ。…ここに住んでんの?」
「ああ。自由気ままなホームレスライフってやつだ」
「家族は…いないの?」
「いたらこんなとこに…まあ、離散した元家族はいるけどな」
「離散したって、家族は家族だよ。帰らないの?」
「帰れたらこんなとこにいないよ。まあ、いろいろあるんだ。君もそうだろ?」
カップラーメンを作ってくれた。
それを、目の前の川の流れを見ながら食べた。
川はどんよりと流れて、空はとっぷりと暮れてゆく。
遠く橋の向こうに、街の明かりが灯り始めた。
「帰らないのか?親御さん心配してるぞ」
一斗缶で燃える火に木くずを放り込みながら、聞く。
「どんな顔をして帰ればいいのか…こんなとこで焚き火して怒られないの?」
「怒られるかもな。でも、こうしなきゃ夜も越えられない。家がないってそーゆーことだろ」
「帰ればいいじゃん。家はあるんだから」
「どんな顔をして帰ればいいのか分からないんだよ。…君と同じだな」
「もう、どれくらいここにいるの?」
「さあ…もう忘れたよ。家族の顔も忘れそうなくらいだ。…元家族、か」
「今も家族だって。子供もいるんでしょ?」
「もう、こんなんじゃ父親ヅラは出来ないよ。君の父親はこんなんじゃないだろ。それだけで幸せなんだぞ」
「…勝手に決めんなよ。どんな父親がいいかなんて、その基準はみんな違うだろ」
「まあ、そうだけどな。少なくとも、家族を捨てた父親には、愛される資格はないと思うよ」
「いろいろ事情があったんだろ。そう言ってたじゃん」
その事情については、詳しく聞かなかった。
俺も、親父との喧嘩については話さなかった。
橋の下で会っただけのおっさんに話すことでもないし。
ここで親父の愚痴を言うよりも、このまったりした時間をもう少し味わっていたかった。
試験とか成績とか進路とか、そんなことを忘れて、焚き火の温かさに包まれて。
次の日の朝早く、家に帰った。
おっさんは、
「いいか兄ちゃん、俺みたいになるなよ。人生は自分次第だぞ。どうとでも変えられる」
と言って手を振った。
そのまま返したい言葉だったが、黙って俺も手を振った。
数ヶ月後、その橋を通りかかり、自転車を止めて橋の下に降りてみたが、おっさんの姿はなかった。
どうなったのかは分からない。
人生をやり直すために行動を起こしたのか、単にねぐらを変えただけなのか、あるいは…。
だけど、あの日の温もりをイイ思い出にしたいから、俺は勝手に、おっさんが家族とともに過ごしている姿を想像する。
あくまで、勝手に、だ。
3/1/2025, 2:13:10 AM