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「踊るように」

涼しい。ここはオアシスだ。移動中にカフェに立ち寄り、アイスコーヒーを半分ほど飲んで一息ついた。もう仕事なんてほっぽりだしてしまいたい。そんな気持ちを見透かすように上司から電話だ。

「お疲れさまです」
「A社はもう出たか?」
「はい。今移動中です」
「その後の予定は?」
「この後はD社とF社で午前中は終わり、午後はH社だけです」
「じゃあ、悪いんだが、H社の後でC社に寄ってもらえるか?」
「はい。大丈夫です」

ドクンと心臓がはねる。

「担当の須藤さんには午後お前が行くことをこちらから連絡しておく。C社の商品情報を詳しく聞き出してくれ。須藤さんとはこの前名刺交換済だったな?」
「はい。名刺はいただきました。時間についてはH社を出たら須藤さんに直接ご連絡します」
「じゃあ、頼んだぞ」

電話を切って控えめに拳を突き上げた。

『少しでも先輩に近づきたいです』
そう言った須藤の少し上気して頬を赤く染めた顔を思い出す。

見本市の報告書でC社のことを無意識に推してしまったことは否めないが、本当につながった。この前会ったときにも仕事の話で盛り上がったし、一緒に仕事ができると思うだけでやる気スイッチが入る。

アイスコーヒーを飲み干して店を出る。足取りが軽い。こんなに暑くなければ走り出したいくらいだ。踊るような足取りで次の目的地に向かう。もう仕事をほっぽりだしたいなんて思わない。

9/8/2024, 6:26:37 AM