G14(3日に一度更新)

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110.『手放した時間』『君が隠した鍵』『落ち葉の道』

「うわっ、なんだこれ!?」

 朝起きてリビングに行くと、そこには落ち葉の道が出来ていた。
 いや、本当の落ち葉じゃない。
 私の赤い靴下が、あちらこちらに散乱しているのだ。

 まるで泥棒が入ったかのような有様だけど、私には心当たりがあった。
 これは飼い猫のレオの仕業。
 靴下に異常な執念を持っている、イタズラ好きの猫だ。

 今回も、寝る前に取り込んだ洗濯物を、レオが荒らしたのだろう。
 肝心の犯猫はどこにも見えないが、きっとその辺りで寝ているはずだ。
 イタズラを終えたら、一仕事を終えたとばかりにどこかに隠れて寝てしまうのだ。
 しかも巧妙に、である。

 そのうち出てくるだろうと思い、私は散らかった洗濯物を再び畳む。
 何回もレオを叱っているのだが、まったく反省の色はない。
 隠れている事からも分かるように、レオはこれが悪い事だとは分かっている。
 けれど内なる衝動を抑えられないのか、こうして定期的に靴下が荒らされるのだ。

 でも、私はそんなに怒ってなかったりする。
 レオが、私の気を引こうとしてイタズラしているのは分かっているからだ。
 なにより、私が憎からず思っている事がレオにはバレバレなのだ。
 なんだかんだで、私はこうして靴下を集める時間が好きだった。


 レオはもともと実家で飼っていた猫だ。
 私が小学生のころ、子猫のレオを親が引き取って、それ以来彼は私の弟になった。
 でも私が猫アレルギー発症してしまったことから、レオはおじいちゃんの家に預けられた。
 アレルギー症状は出なくなったけど、年に数回しかレオに会えず、私は寂しい思いをした。

 けど私たちは今一緒に住んでいる。
 大学進学の際、おじいちゃんの家が近いので住まわせてもらっているのだ。
 アレルギーの件も、医者の指導の下なんとかやっている。
 根本的な解決ではないけれど、私たちは楽しくやっていた。


 レオのイタズラも、多分寂しかった事への裏返しなのだ。
 私が手放したレオとの時間。
 それを埋めるように、私に甘えているのだ。


「それにしても、今日は赤色の靴下ばっかりだな……」
 私がぶつぶつ言いながら靴下を片づけていると、すぐに大学に行く時間になった。
 いつもならレオも姿を現す時間なのだけど、今回は特に疲れていたのか、最後まで起きてこなかった。

 私はさっと朝食を摂って、玄関に向かう。
 おじいちゃんとおばあちゃんは朝早くから出かけているので、今日は私が鍵をかけないといけない。
 私は、鍵が入れてある小物入れに視線を向けた。

「あれ、鍵がない……」
 芯から冷えるような感覚があった。
 昨晩確かにここに置いたはずなのだ。
 それなのに、鍵がないのはどういう事だろう。

 おじいちゃんが持っていった?
 いや、ここに置いてあったのはスペアキー。
 持っていくはずがない。

「どうしよう、鍵をかけずに行けないよ」
 どこかに落ちているのだろうか?
 そう思い、周囲を見渡しているとあるものが目に入った。
 片方だけの、赤色の靴下だ。

「なんでこんなところに」
 そういえば、荒らされた靴下を回収したとき、一組だけ片方が無かった。
 ペアの片方がなくなるのは日常茶飯事なので、特に気に留めてなかったのだが、
まさかこんな所にあるとは……
 私は帰ってから整理しようと、靴下を摘まみ上げる

「……何か入っているな」
 持った瞬間、硬い感触があった。
 なんだろうと不思議に思い、何気なく中身を取り出す。
 そして私は中身を見て、仰天した。

「な、なにい!?」
 鍵だった。
 『なぜこんなところに?』と思っていると、のそっと、レオが現れた。
 その顔は、どこかドヤ顔で『必要だと聞いたので入れておきましたよ』と言わんばかりである。

 そう言えば、今日荒らされたのは赤色の靴下。
 いつもは色関係なく荒らすレオが、赤色だけをターゲットにしているのは珍しいと思っていたが、まさか……

「レオ、お前サンタのつもりか?」
 ニャオ。
 レオが答える。

 猫語は全く分からないけど、タイミングは出来過ぎだ。
 怒る気も失せて、私は思わず笑ってしまった。
 
「ではありがたく。
 君が隠した鍵を使って家をでますね」
 レオは満足したのか、喉をゴロゴロならして私を見送る。
 

 離れていた数年間の間に、我が弟は随分と成長したようだ。
 きっとこれからも、私を驚かせてくれるに違いない。
 次は、どんなサプライズをしてくれるのだろう。
 期待に胸を膨らませながら、私は大学へと向かうのだった。

11/30/2025, 9:38:58 AM