110.『手放した時間』『君が隠した鍵』『落ち葉の道』
「うわっ、なんだこれ!?」
朝起きてリビングに行くと、そこには落ち葉の道が出来ていた。
いや、本当の落ち葉じゃない。
私の赤い靴下が、あちらこちらに散乱しているのだ。
まるで泥棒が入ったかのような有様だけど、私には心当たりがあった。
これは飼い猫のレオの仕業。
靴下に異常な執念を持っている、イタズラ好きの猫だ。
今回も、寝る前に取り込んだ洗濯物を、レオが荒らしたのだろう。
肝心の犯猫はどこにも見えないが、きっとその辺りで寝ているはずだ。
イタズラを終えたら、一仕事を終えたとばかりにどこかに隠れて寝てしまうのだ。
しかも巧妙に、である。
そのうち出てくるだろうと思い、私は散らかった洗濯物を再び畳む。
何回もレオを叱っているのだが、まったく反省の色はない。
隠れている事からも分かるように、レオはこれが悪い事だとは分かっている。
けれど内なる衝動を抑えられないのか、こうして定期的に靴下が荒らされるのだ。
でも、私はそんなに怒ってなかったりする。
レオが、私の気を引こうとしてイタズラしているのは分かっているからだ。
なにより、私が憎からず思っている事がレオにはバレバレなのだ。
なんだかんだで、私はこうして靴下を集める時間が好きだった。
レオはもともと実家で飼っていた猫だ。
私が小学生のころ、子猫のレオを親が引き取って、それ以来彼は私の弟になった。
でも私が猫アレルギー発症してしまったことから、レオはおじいちゃんの家に預けられた。
アレルギー症状は出なくなったけど、年に数回しかレオに会えず、私は寂しい思いをした。
けど私たちは今一緒に住んでいる。
大学進学の際、おじいちゃんの家が近いので住まわせてもらっているのだ。
アレルギーの件も、医者の指導の下なんとかやっている。
根本的な解決ではないけれど、私たちは楽しくやっていた。
レオのイタズラも、多分寂しかった事への裏返しなのだ。
私が手放したレオとの時間。
それを埋めるように、私に甘えているのだ。
「それにしても、今日は赤色の靴下ばっかりだな……」
私がぶつぶつ言いながら靴下を片づけていると、すぐに大学に行く時間になった。
いつもならレオも姿を現す時間なのだけど、今回は特に疲れていたのか、最後まで起きてこなかった。
私はさっと朝食を摂って、玄関に向かう。
おじいちゃんとおばあちゃんは朝早くから出かけているので、今日は私が鍵をかけないといけない。
私は、鍵が入れてある小物入れに視線を向けた。
「あれ、鍵がない……」
芯から冷えるような感覚があった。
昨晩確かにここに置いたはずなのだ。
それなのに、鍵がないのはどういう事だろう。
おじいちゃんが持っていった?
いや、ここに置いてあったのはスペアキー。
持っていくはずがない。
「どうしよう、鍵をかけずに行けないよ」
どこかに落ちているのだろうか?
そう思い、周囲を見渡しているとあるものが目に入った。
片方だけの、赤色の靴下だ。
「なんでこんなところに」
そういえば、荒らされた靴下を回収したとき、一組だけ片方が無かった。
ペアの片方がなくなるのは日常茶飯事なので、特に気に留めてなかったのだが、
まさかこんな所にあるとは……
私は帰ってから整理しようと、靴下を摘まみ上げる
「……何か入っているな」
持った瞬間、硬い感触があった。
なんだろうと不思議に思い、何気なく中身を取り出す。
そして私は中身を見て、仰天した。
「な、なにい!?」
鍵だった。
『なぜこんなところに?』と思っていると、のそっと、レオが現れた。
その顔は、どこかドヤ顔で『必要だと聞いたので入れておきましたよ』と言わんばかりである。
そう言えば、今日荒らされたのは赤色の靴下。
いつもは色関係なく荒らすレオが、赤色だけをターゲットにしているのは珍しいと思っていたが、まさか……
「レオ、お前サンタのつもりか?」
ニャオ。
レオが答える。
猫語は全く分からないけど、タイミングは出来過ぎだ。
怒る気も失せて、私は思わず笑ってしまった。
「ではありがたく。
君が隠した鍵を使って家をでますね」
レオは満足したのか、喉をゴロゴロならして私を見送る。
離れていた数年間の間に、我が弟は随分と成長したようだ。
きっとこれからも、私を驚かせてくれるに違いない。
次は、どんなサプライズをしてくれるのだろう。
期待に胸を膨らませながら、私は大学へと向かうのだった。
11/30/2025, 9:38:58 AM