『空を見上げて心に浮かんだこと』
火葬場から伸びる煙突から煙らしきものが見当たらないのは技術の進歩によるものだそうだ。かつて触れたことのある髪も肌も血肉も骨もすべて真っ白な灰となり、一部は手の中の小瓶に、あとは自然へと還っていった。
小瓶を懐に携えた俺は一人きりで観光地をぼんやり歩いていた。目に入る雄大な自然の広がる景色や他の観光客がはしゃぐ様子に心が動かされない。ふとベンチを見つけてそこに座ってしまうと、根が生えたように動けなくなってしまった。
見上げた空はよく晴れ渡り、浮かぶ雲を見るともなく見ながら彼のことばかりを思い返していた。カミングアウトをしたときから親に見離され縁を切られたと言っていた。死にたくなったこともあるけれど君と出会ってからそうでもなくなったと言っていた。死ぬのは怖いけれど君と別れることのほうがもっと怖いのだと言っていた。俺は、彼に先立たれてこれから先どうしたらいいのかわからなくなっていた。
この国で彼の後でも追おうか。そんなことを一瞬考えた途端に突風が吹き付け、観光客が驚いて悲鳴をあげるのが聞こえてきた。彼が俺を叱ったに違いない。根拠はないけれどそう思ってベンチから立ち上がると、何事もなかったように穏やかな風がそっと吹くばかりだった。
7/17/2024, 3:46:55 AM