回顧録

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彼から飯に誘われた。これがイレギュラーひとつめ。
サシ飯なんて何年ぶりだろうか、それも彼から声をかけてくるなんて。俺の名前を呼ぶ声が上ずっていて、なにか嫌な予感がした。
悲しいかな俺たちは気軽に飯に行けるような関係では無い。
昔はそれなりには気軽だったけれど、いつしか仕事以外で二人きりなんてそんなそんな……という間柄になっていた。
仕事もプライベートもほとんど一緒だったから、お互いうんざりしてしまって、声をかけなくなってから数年。もう、プライベートの距離感を忘れてしまっていた。

そんな彼が俺を飯に誘う、というのはそれはもうよっぽどのことがあったのだろう。天と地がひっくり返るくらいの。

店に着いてからというものメニューも頼まずソワソワしている。ふぅ、と息を吐くとお冷を一気飲みして俺と目を合わせる。イレギュラーふたつめ。

「俺、近々結婚するわ」

嫌な予感的中。めでたい話に、『嫌な』はないか。
確かに天地がひっくり返るくらいよっぽどの事だった。俺にとっては。

ずっと好きだった。恋愛感情なのか友愛なのか、家族愛に近いものなのかは分からないが、好きだった。でも別にどうなりたいとかはなく、このまま仕事仲間で居れればいいと思っていた。幸せになってほしいとも思っていた。
結婚式の司会は任せとけ、くらいの気持ちだったのだ。
でもいざ言われてみると、何も出てこない俺がいた。
おめでとうも言えなければ、相槌すら打てなかった。
ノーリアクションなんて人前に出ている人間の端くれとして1番やっちゃいけないことだ。なにやってんねんとバリバリ仕事モードの俺が頭の中で叫ぶが、何の反応も出来ない。
喉に何かが張り付いたみたいに苦しい。息が出来ない。
様子のおかしい俺に彼が慌てて声を掛ける。

「大丈夫か?」

もう口に出してはいけない言葉が喉に引っかかっている。なんとかゴクリと飲み下して、大丈夫、おめでとうと言った。苦しかったからか涙が出てきた。

(愛してたなんて今更)


『言葉に出来ない』


作者の自我コーナー
いつもの。ですが珍しく失恋エンドです。
これがイレギュラー3つ目かな。

4/12/2024, 9:43:06 AM