第三話 その妃、白い目を向く
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帝には、愛して止まない小鳥がいる。
雪のように白い羽根に血のように赤い双眸の、まるで月から舞い降りた女神のような。
それはそれは、美しい小鳥が。
各地を訪問していた帝は、とある地で少女に出会う。少女は巫女であった。
幼いながらもその内なる美貌が留まることは知らず、非常に聡明。心の底は深く清らかで、常に穏やかな笑みを携えていた。
帝は美しい少女を欲した。
少女こそ、我が妻に相応しいと。
けれど少女は、首を横へと振る。
巫女として、人の為この世の為に尽くすことを神に誓ったからと。
帝は、喜んで少女の小さな背を見送った。
彼女が、本当にそれを望んでいるならと。
『そなたのために、鳥籠は開けておく』
ただ一言、惜しむようにそれだけ呟いて。
それから、各地より美しく聡明な小鳥たちが、その鳥籠を求めて舞い降りる。
しかし、寵愛を注ぐに値する小鳥はおらず、今も尚鳥籠は空いたまま――。
* * *
「そういうことなので、未だに皇后の座は空席というわけですね」
信仰心の高いこの国の人間たちは、何も知らないだろう。ただ、たった一人の少女を一途に思い続けている、愚かで哀れな男が英雄なのだと、微笑を浮かべるだけで。
だから、想像すらしないのだ。その裏で、どんなことが繰り広げられてきたのか。
それを敢えて言わないのは、目の前にいる気高き妃がそのことを知る由もなければ、知る必要もないから。……本来であれば、まごうことなくそう答えるのだが。
「恋にうつつを抜かすとか、てっぺんが聞いて呆れる。本当に英雄かどうなのか」
この妃に嘘は通用しない。
この妃に隠し事はできない。
この妃にわからぬことなどない。
心の内に叶わぬ願いを抱く者は、そのような有り得ぬ話や噂を頼りに、このような場所まで足を運ぶ。
先の貴人も、恐らくはその類だろう。この妃が対価に何を要求したのかまではわからないが。
「しかし、それも時間の問題ではないかと、宮廷内では噂になっているようですよ。今までぴくりとも触手を動かさなかったあの帝が、とある小鳥には興味を示しているとかで」
「興味があるのは私にじゃない」
「おや、ご存知で? 未来の皇后」
「やめて。虫唾が走るから」
会話を通じて、少しずつ口調が砕けてくる。白い目を向け……素を見せるくらいには、信用してくれているようだ。
「そろそろ僕には教えてくれてもいいんじゃないですか。こんなに甲斐甲斐しく……それこそ、本物の首をかけてお支えしてるっていうのにぃ」
「あんたのせいで、ここに来てからかなり太ったんだけど?」
「一応名目上、餌遣り係となっておりますので」
「どの口が言ってるのよ」
嬉しくてつい口を緩ませていると、こちらを睨み付けながら彼女は冷めた茶を呷る。
気高く、そして麗しい。
けれど、それだけではない一面に触れて思う。
目の前の妃もまた、ただの普通の女なのだと。
#I LOVE…/和風ファンタジー/気まぐれ更新
1/29/2024, 1:14:14 PM