『夜明け前』
闇夜の中、手刀を一閃すると鈍い音を立てて相手の首が地面に転がる。少し遅れて胴体の、首があったところから血が吹き出して、そしてゆっくりとその場に倒れた。
腕を一振りし、腕に付いた血を払う。これで勅命は済んだ。頭目を失えばあとは烏合の衆だ。遅かれ早かれ、反乱組織は瓦解することだろう。
目の前に転がった首を見下ろす。その瞳は無念さを滲ませていた。彼は何年も教皇の呼び掛けに応じず、それどころか賛同する者たちを集め、明確に聖域に反逆を企てていた。白銀聖闘士であるものの実力は高く、多くの者に慕われていたという。
オレが教皇の勅命により粛清に来た時、この男は黄金聖闘士であるオレに怯むことなく真っ直ぐに見返して教皇を非難した。その目は曇りなき済んだ目だった。教皇の手足となりかつての同胞を手に掛けるオレよりも、その姿は正義の聖闘士に相応しく思えた。
オレは首を振る。正義とは何だ? 力なき者の囀りや幻想のことではない。正義とは力だ。何者をも屈服させる強大な力。それこそが、この世界で唯一信じられる絶対のものだ。力なき者は力ある者に従うしかないのだ。それはオレ自身、よく分かっているはずだ。オレは、間違っていない。
オレは物言わぬ死体に背を向けて歩き出した。夜は、まだ明けそうにない。
9/13/2023, 11:59:03 PM