憎い、あぁ憎い。
「椋様、あの年でもう任務を遂行されていらっしゃるそうよ、それもすべて良い結果を出しているとか」
「さすが生まれる前から選ばれた“愛し子”ね」
女中たちがひそひそと井戸端会議をしている声が耳に届く。
酷く苛つく話題だ。
「それでお上の覚えも良いそうで。禪院家のご当主のご子息にも気に入られたって」
「今日もそれで出かけてらっしゃるのよね?」
「そうそう!まぁあんなに愛らしく聡明だったら気に入られて当然よね」
ただへらへら笑って、自分の意見もろくに言えないだけじゃないか。
どうせ媚びへつらったのだろう。吐き気がする。
「聡明といえば、どの先生方もいつも褒めて帰られるそうよ。勉学も他のお稽古もすばらしく優秀だと」
「それでいて、呪術の方は歴代当主の中でも最高峰と言われているんでしょう?」
「まさに神童よね!あの方がご当主になるなら安泰だわ」
あいつが生まれてくるまでは、僕があの場にいたのに。
神童なんて馬鹿みたいな呼ばれ方しているのだって、ただ化け物に選ばれたからだけだというのに。
「…樒様もねぇ、出来は悪くなかったけれど、椋様と比べてしまうとねぇ…」
「樒様は癇癪持ちなところもあったから…その点椋様はまっすぐでいい子だもの」
「シッ!そんなこと声に出さないの!」
「…っ!」
憎い、憎い、憎い。
蝶よ花よと愛され、手厚く育てられているあいつが憎い。
あいつさえ生まれなければ。あいつさえ、いなければ。
「……そうか」
そうだ。あいつさえいなければいいんだ。
あの羽を、花びらを、引きちぎってしまえばいい。
すべてむしって、みすぼらしい、ただの屑にしてしまえばいい。
「ハハ…なんで気付かなかったんだろ」
少年は奥歯を噛み締めていた力を、口端を持ち上げる力に変えて、計画を考え出した。
少年は知らない。
一族を背負う当主となるべく子供が、蝶よ花よと育てられている訳がないことを。
雁字搦めの籠の中で、鮮やかな蝶の羽の下に蜂の針を、美しい花弁の元に鋭い棘を、研ぎ澄ませているとは、知らない。
少年は、気付かない。
自分こそ、蝶よ花よとやわく包まれていたことを。
自由な蝶で、気ままな花だから気付かない。
その色はやがて呪いで濁って、堕ちた。
【蝶よ花よ】(過去のお題)
8/13/2024, 4:54:07 PM