かたいなか

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「記憶が正しければ、去年の4月頃、『君の目を見つめると』ってお題を書いた気がする」
意外と多いんだよな。こういう「過去のお題に似たお題の再配信」。 某所在住物書きは過去投稿分を確認していた――そもそも前回は何を書いていただろう。
なお、去年は無難に、「そんなに見つめても、面白いものは何も無い」のようなネタを書いた様子。
二番煎じは可能だろうか。物書きは唇を固く結んだ。
「多分今回無難の安牌切ったら、来月の『見つめると』でネタ枯渇に苦戦するんだわ……」

ネタの温存、駆け引き、特定ジャンルの供給過多。
どこでどのネタ、どの物語を投稿するか、駆け引きをしながら執筆を続けるのも面白いだろう。
「まぁ、それができるほど、ネタの引き出しが俺に無いのが悲しいけどさ」
物書きは言った。
「……人間って見つめられるとオキシトシンが出るらしいけど、赤の他人から見つめられても恐怖しか無ぇよな。なんなんだろうな」

――――――

最近最近の都内某所の午前中、某職場の本店。
加元というひとがおりまして、
こいつがなかなか、恋に恋するタイプ、恋人を己の鏡かアクセサリーにするタイプ。そもそもネーミングの由来が「元カノ・元カレの、かもと」なのです。
安直な名付けはご容赦ください。今回のお題ばりに登場人物の名前の由来を凝視されると、物書きの執筆レベルがバレてしまうのです。

さて。元カレ・元カノ、元恋人の加元が、誰の元恋人であったかといいますと、
同じ職場に勤めている筈の、「附子山」というひと。
今は改姓して藤森という名字になっていますが、
加元、藤森の改姓の事実を知らぬのです。

改姓する前の附子山に、9年前に一目惚れして、1年恋して、加元の自業自得案件で逃げられまして、
最近、ようやく附子山の職場を突き止めたところ。
附子山が勤めている筈の職場、勤めている筈の本店、勤めている筈の部署に就職して、
さぁ、ヨリを戻しましょうと思ったものの、
今年3月、配属初日、職場に行ってみたのに目当ての附子山が居ません――あら不思議。

3月から加元の上司になった主任、宇曽野は呆れた顔して加元に言います。
「わざわざウチの職場までご足労頂いて、履歴書出して就職頂いて申し訳ないがな。ウチの本店に『附子山』なんて名前の職員は居ない。諦めろ」
そりゃそうです。
「附子山」は「藤森」に改姓しているのです。
なにより宇曽野自身が附子山/藤森の親友。
加元の履歴書が上がってきた時点で、藤森を別の場所に異動させて、加元の目から隠したのです。

「本店じゃなくて、支店になら、居るのかな」
宇曽野に聞こえる独り言を、宇曽野の目を見つめながら、ぬるり心に潜り込むように呟く加元。
「先日、最寄りの支店では居ないって言われたけど」
その視線はまるで、宇曽野の表情の変化から何か元恋人の情報を得ようとしているようでしたが、
1枚上の宇曽野、顔に出ているのは「居ない職員に会わせろと言う新入社員への呆れた表情」だけ。
「だから。居ないものは居ない。何度言わせる」
わざとらしく、宇曽野は大きなため息を吐きました。

「本当に? 何か、隠してない?」
「お前こそ、その附子山とかいう……女?男?に会って、何がしたいんだ。何故そこまで執着する?」
「こっちの質問に答えてよ。本当は、附子山さんのこと、何か知ってるんじゃない?」

「俺をそんな見つめても、追加情報は何も無いぞ」
「本当かなぁ」
「あのな。居ないやつの名前を連呼されて、その居ないやつの情報握ってることにされて、それを寄越せってジージー見つめられると、お前はどう感じる?」

少し緊張した空気の中、宇曽野と加元は見つめ合い、先に加元の方が、フッと笑って視線を逸らします。
「お昼行ってきます」
加元が言いました。
「ついでに2つめの支店にも寄ってくるね」
時計を見れば、既に正午。お昼休憩の時間です。

「おーおー、行ってこい。どうせ附子山はいない」
再度ため息を吐く宇曽野。
「附子山探しも結構だが、ウチの人間である以上、仕事はちゃんとしろよ」
加元が外出したのを確認してから、スマホを取り出して何やらポンポン。
付烏月、ツウキという「附子山隠し」の共犯者に、グループチャットでメッセージを送っておりました。

『加元が捜索範囲を本店から支店に広げたらしい』
数秒で既読がつき、返信が返ってきて、
宇曽野はその日三度目のため息を吐いて、
ニヤリ、意味深に少し笑いました。
ここから前回投稿分の物語に続くワケですが、過去記事参照も面倒なので、まぁ気にしない、気にしない。

3/29/2024, 3:51:51 AM