伝えたい(オリジナル)
伝えたい。
けれど、どう伝えて良いかわからない。
満員電車に乗り込んだ朝だった。
スマホに落としていた視線を上げたら、目の前の女性の後頭部に洗濯バサミがついていた。
己の目を疑って、二度見した。
まごう事なき洗濯バサミだった。
後ろ姿なのでわからないが、おそらく若い女性だ。
オシャレだろうか。
わざとだろうか。
寝癖直しか何かでつけて、外し忘れてる?
理由はわからないが、一応注意はしてあげたい。
けれど、彼女は僕に背を向けているし、間に他人の肩がある。この距離で話しかけたりしたら、周りにも知られる事になる。それは恥ずかしいだろう。
スマホ画面に文字打ちして見せれば良いが、やや不審者だ。かなり手を伸ばす羽目になり、左右の人には知られるだろう。
てか、周りは誰も気づいていないのか?
誰か言ってやれよ。
僕はとてもソワソワしたが、誰もがスマホに集中しているようで、彼女に話しかける人は皆無であった。
覚悟を決めてスマホのメモ機能にポチポチ打っているうちに、駅に着いた。
そうか、このタイミングで近づいて声をかければ良いじゃないかと気づき、扉が開いたのに合わせて彼女の方に寄ろうと足を踏み出したところ、
「何しやがる!押すんじゃねぇよ!」
前横にいた、肩が邪魔な男性に因縁をつけられた。
その隙に、洗濯バサミの君が振り返りもせず、駅のホームへと排出されていく。戻る様子はなく、降車駅だったらしい。
あああああ…。
僕の善意は、伝えられないまま萎んで消えた。
ドンマイ。
2/12/2026, 11:57:00 AM