電車の窓に、ぼんやりと自分の顔が映っていた。
昼なのか夜なのかも曖昧な空の下、線路沿いの家々がひたすら後ろへ流れていく。
ときどき、何の前触れもなく「遠くへ行きたい」と思う。
それは決まって、何かから逃げ出したいときだった。
嫌なことがあったわけでもない。大きな失敗をしたわけでもない。
ただ、今いる場所が、自分の居るべきところじゃない気がして、
その空白を埋めるために、知らない街の風を吸い込みたくなる。
僕はかつて、一度それを実行した。
父から、母から、親戚から、友達から――そして自分の名前すらも、少しずつ遠ざけるようにして、故郷を出た。
何百キロも離れた知らない街で、初めての部屋を借り、知らない駅を覚え、知らない路線に乗った。
でも、逃れられなかった。
地理を変えても、景色を変えても、考えることも、悩むことも、過去も、全部背負ったままだった。
逃げ場所なんか、きっと最初からどこにもなかったのだ。
それでも、窓の向こうに流れる知らない駅の名前を見るたびに、
心の奥が少しだけざわつく。
「次の駅で降りて、そのままどこかへ行ってしまえ」と。
逃げられないことなんて、とうの昔に知ってるのに。
テーマ:遠くへ行きたい
7/4/2025, 9:19:33 AM