題 祈りの果て
ここは月天郷(げってんきょう)。 天から月光が降り注ぐ理想郷である。 これより、語られるは壊滅の物語。 月天郷。 春には、桜の雨が降り、夏には煌々と照らす日光に応えるように向日葵が咲き誇り、秋には紅葉が舞い、冬にはアネモネが咲き溢れる。 そこにある家族がいた。 父、母、姉、妹の四人家族だろうか。父は新聞を読み、母は食事の支度をし、姉と妹は雛鳥のように母親について行き手伝いをしている。どこにでも居そうな普通の家族だ。 しかし、必ず終わりが来るどんなものにも。 終わりは平等に降り注ぐ。誰だろうと何であろうと。とある夜中のことである。 赤く光る眼光が暗闇を引き裂く。 異形型の魔物の群れだ。 魔物の群れは月天郷へ歩みを進める。そのことを知るものはまだ誰もいない。両親の間に姉妹が寄り添うように寝ている。 両親は姉妹を見て和やかに眠りについた。 最初に気づいたのは村の老人だった。 店を営んでおり、姉妹の家族もよくそこを利用していた。顔つきが険しく子供に怖がられるため、腰にぬいぐるみをつけている。 低い唸り声が当たりに響く。赤い光が次々と灯る。老人は叫ぶ。「魔物だ!魔物の群れが出たぞ。」 老人は地を操り、魔物を攻撃する。月天郷の人々は、地、水、火、風の4種類の力のいずれかを操ることができる。姉妹は水、母は風父は火を操ることができる。 最初に目を覚ましたのは父親だった。何やら郷が騒がしい。魔物の群れが出たそうだ。父親はまず母親を起こし、次に二人で子供たちを起こした。こうしたことは初めてではなかったため姉妹は身を寄せ合い隠れた。姉は妹を守るようにしている。魔物が出た時はこうしろと大人たちから言われていた。きっと親は気づいていたのだろう。 いくら能力を持っていたとしても、数十人で人智の力を持つ魔物の群れに勝てる見込みは少ないと。姉妹はしばらく寄り添うように互いの身を守っていたが、一向に鳴り止まない耳を切り裂くような音。意を決して外へ出てみると家々は燃えて、懸命に人々が戦っている。姉は水を繰り出した。姉は優秀な子供だった。能力者が減少しているなかで、飛び抜けた才能があった。妹は怪我人の手当てをしている。妹は戦闘より治療の方が得意なようだ。 長くは持たなかった。いくら才能があるとはいえ所詮は子供である。姉はもう分かっていたのだろう。倒せど倒せど減る気配がない魔物の群れ。 村は、壊滅の一途を辿ると。 「貴方は逃げなさい。遠くに。大丈夫お姉ちゃんすぐ追いつくからね。」 そう姉は言った。 「嫌だ。お姉ちゃんも一緒だよね。そうだよね。そうじゃなきないヤダ」 妹は悟ったのだろう。郷に残るということがどういうことなのか。姉の願いに妹が答える様子はない 「そうだ。きょうそう、競争。をしよう。 先にあの大きい木についた方が勝ちね。ほらお母さんの誕生日に花をつみにいったところに。お姉ちゃんが、よーい ドン。って言ったら走りなさい。後ろは絶対振り向いちゃダメ。」 大丈夫よ。すぐ追いつくからと姉は続ける。妹は嫌だと。お姉ちゃんが来なかったらどうすればいいのかと泣きじゃくる。姉は妹を強く抱きしめ言った。『よーい ドン』 妹は駆ける。駆ける。駆ける。駆ける。駆ける しばらくすると、大きな木にたどり着いた。 そこで、姉の帰りをただ祈る。 姉は、小さくなった妹の背中を見ながらただ祈る。妹の無事を。 姉妹の祈りの果ては暗闇にはじけて、消えた。
11/13/2025, 3:22:20 PM