《大事にしたい》
彼と帝都を散歩していたら、通りに少し古いけれど居心地の良さそうなお店を見つけた。
「古書店…。」
落ち着いたデザインの看板には、お店の名前と”古書”という文字が。
建物の雰囲気の良さもあって、私はそこが気になってしまった。
「いいですね。どんな本が置いてあるか興味があるので、入ってみましょうか?」
お店に惹かれていた私に気が付いて、彼が声を掛けてくれた。
彼も読書が好きな事もあるし、私は一も二もなくその提案に頷いた。
「はい、私も色々見てみたいので。」
優しく微笑んでくれた彼と一緒に、古書店に入る。
店内は薄暗くて、それでも換気が行き届いた清潔な空間で。
天井近くまである本棚には、歴史を感じさせる重厚な本から割と最近の文庫まで色々な古書が並んでいた。
奥の方にいる眼鏡を掛けたお爺さんが、ゆったりと椅子に座りながら丁寧に本の表紙の乾拭きをしている。
その手仕事を見ていると、このお店の本が大切にされている様子がはっきりと分かる。
だから過ごしやすい空間なんだなぁ。
「失礼します。ご主人、しばらく店内の本を見せていただいてよろしいでしょうか?」
彼がそう声を掛けると、お爺さんはこちらを向いて目を細めて答えた。
「ああ。ゆっくりと見ていきなされ。」
その返事に、彼がありがとうございますと礼をして答える。
私も一緒にお辞儀をすると、お爺さんはうんうんと頷いて、また本の手入れに集中し始めた。
「それでは、それぞれ見たい本を見て回りましょうか。」
そう提案する彼に私も賛成して、各々見たい本の棚に移動する。
こういうところでは、私は昔の絵本や料理のレシピ、神話や伝承の本に心惹かれる。
あちこちの地方の特色や時代ごとの表現など、同じジャンルでも読み比べると差があって面白いから。
絵や写真の表現も独特の特徴が出たりして、それも見ていて楽しいんだよね。
そんな感じで、本棚の色々な本を見ていた。
こちらでもやっぱり、童話や伝承の原書は残酷な表現もしっかり描写してある。
料理レシピは、地方ごとの調味料や調理過程が現代版は帝都でも調理しやすい簡略化したレシピになってる。
どの本も丁寧に手入れされていて、古いのに本当に読みやすい。
ゆったりした空気に満ちていて、いるだけでも安心できる。
私は、夢中になって本に目を奪われていた。
そしてふと気が付いて壁の時計を見ると、優に1時間は越えていた。
しまった! 夢中になり過ぎて、彼を待たせちゃってるかもしれない!
私は読んでた本を棚に戻して、慌てて、それでも走り回らないように彼を探した。
するとお店の奥、お爺さんの座っているところで、別の本棚の間から少し焦ったような彼が現れた。
「ごめんなさい! 夢中になり過ぎちゃって…。」
「すみません! 待たせてしまいましたか?」
お互いの顔を見ながら、二人同時にそう言った。
私もびっくりしてぽかんとしてしまったけれど、いつもは冷静な彼もそうだったのかきょとんとした顔で私を見ている。
私達は、偶然同時に同じ事を考えてたんだ。
二人とも本が好きで、このお店を気に入って、ふとお互いを思い出すタイミングも一緒。
それに気が付いた私は、じんわりするような暖かい幸せに包まれて。
そして、お互いに顔を見合わせてくつくつと笑い出した。
その奥では、お爺さんが私達を慈しむような目で見つめていた。
「よかったら、また遊びに来なされ。」
お爺さんが、柔らかい声で言ってくれた。
「はい、是非またお伺い致します。」
彼が笑顔でそう答え、私と一緒にお辞儀をする。
そうして、何冊かの本をお会計してもらって私達は古書店を出た。
帰り道は、どんな本に心惹かれたかを語り合う。
秋の柔らかくなった空色が、彼の笑顔に光を照らす。
ほんの何気ない日常の、それでも貴重な時間。
ずっと大事にしたい、私の宝物。
9/21/2024, 7:00:54 AM